29 / 204
火曜日、午前7時(ラウル編)
3 花カブト登場
しおりを挟む
時々休憩をはさみながら三時間近く移動し、さすがに尻が痛くなってきた頃、オッサンとメアリーが立ち止まった。
ここかな?いや、村なんて何も見当たらないぞ。
そこは切り立った崖の間にある狭くて細長い場所で、湿地帯というか……簡単に言うと沼のようになっていた。
沼の中に岩が点在していて、その上を歩けばどうにか向こうまでたどり着けそうだ。だが、沼の入口に看板が立てかけてある。文字は読めないが、絵は分かった。ドクロマークだ。
俺達が近づく間、オッサンはタバコをふかしていた。
「ラウルの村まであと少しだ。ここからまっすぐに南東に進むのが最短ルートなんだが……」
『オッサン、これは何ですか?』
俺は看板を指さした。
「ああ、この沼は花カブトの生息地だからな。侵入禁止と書かれているな」
はっはっは、とオッサンは笑った。
「じゃあ行くか!」
え!?
侵入禁止は!?ハナカブトって何だ?
『オ、オッサン!大丈夫?』
オッサンは、ああ、そうだったなと言って俺に細長い槍を手渡した。
「いざという時はこれで撃退しろ。何、大丈夫だ。ケビンは足が速いし、俺とメアリーが援護する」
ええ!?
もっと何か説明をくれ!
俺が槍を手に持ち呆然とする間もなく、賢いケビンはさっと沼地に足を踏み入れた。
『オ、オッサン!』
振り返ると、オッサンは背中のライフルを取り出しガシャガシャといじっていた。
「久々で腕がなるな!」
「グオオー」
メアリーが応えるように咆えた。コエー!!オッサンについて来たのは間違いだったかもしれない!でも今逃げるとライフルで撃たれそうだ!
「シュウヘイ、はなかぶと、なに?」
ラウルが俺をぎゅっと抱きしめながら、肩に頭を乗せて聞いてくる。
『知りません』
「ラウル、こわい」
バカヤロー、お前が怖くて俺が怖くない時があったか!?俺だって怖いぞ!
俺は目の前に広がる沼を凝視しながら、手綱と槍を握りしめた。
沼には霧が立ちこめていた。
パシャパシャとケビンの足が水に濡れる音がする。しばらく進んでも何も出てこない。
だが、油断は禁物だ。
霧のせいでオッサンとメアリーもろくに見えない。何かあったときどう援護してくれるんだ?
援護どころか間違ってライフルで撃たれるんじゃないだろうか。
沼には大きな白い花が咲いていた。
蓮の花に似てる。極楽浄土みたいな幻想的な光景だが、正直俺は花はもううんざりなんだ。俺が食われた花よりは小さいが、それでも広げた傘くらいの大きさはある。
「シュウヘイ……」
ラウルの体温が心地いい。
「ラウル、今のところ何もいない。そんなに怖がらなくても多分何も出ないと思う」
これはもちろん俺の希望も含まれてるけどな。
「おはながさいてる」
「そうだな」
「はなのみつ、とってきて」
「え!?」
いきなり何言い出すんだ。
だから俺はでかい花はうんざりなんだって。
「はなのみつほしい」
『怖いから無理です』
「だいじょうぶ」
お前が言うな!
「じゃあ、ラウルがとる」
ラウルは俺の持っていた槍を奪うと、近くにあった白い花をつついた。槍でこっちに寄せるつもりらしい。
その瞬間、慎重に岩の上を歩いていたケビンがびくっと反応した。
「!?」
俺もラウルも目を疑った。
ラウルがつついた白い花が、水面とともにゆらりと盛り上がったのだ。
そしてすさまじい水しぶきとともに、俺とラウルとケビンの目の前に何かが現れた。
驚きすぎて声も出なかった。
何だこれ……。
「ヒャー!」
ラウルが後ろで叫ぶ声が聞こえた。
すぐにケビンがジャンプして岩の上から別の岩に移動する。
ゆらりと現れたそれは、昆虫に似ていた。だが昆虫の体は大きくて、とても射程距離から逃げられたとは思えない。
固い殻をもっているその昆虫の頭に、白い花がくっついているのが見えた。
花カブトって……まさかこいつが?
「キシィィ……!!」
何かの音が周囲に響く。花カブトの鳴き声なのか!?頭に響く。決して心地いい音じゃない。
「シュウヘイ、おはなのしたに、へんなのがいた!」
「多分花とセットだ」
俺の予想では、こいつは普段は花のふりをして沼に住み、間違えてやってきた動物を捕食しているんだ。
ケビンはまぬけな声で花カブトを威嚇したが、すぐに踵をかえして岩場を走り始めた。
だが俺達の行く手に信じられない物が見えた。
沼に咲いていた白い花のいくつかが、ゆらりと振動して少しずつこっちに近づいて来ている。
まさか……あれ全部……。
恐ろしい考えに行きあたりそうになった時、岩が割れる音が響いた。
最初に現れた花カブトが、俺達がいた岩場に体当たりして沼から這い上がったらしい。
「シュウヘイ!いしがわれた。こっちにくる。はやくにげないと」
ラウルの言葉に振り返ると、花カブトの巨体が方向転換しているのが見えた。
虫が苦手な全ての人のために細かく描写するのは控えるが、何本かの足を動かして岩場を移動する様子はかなり迫力がある。
頭のてっぺんに白い花をくっつけた小型の装甲車といったところだ。あんなのに突っ込まれたらひとたまりもない。
「ケビン、頼む!急いでくれ!」
俺がケビンに無茶を言っていると、突然背後で
スパーン
という軽快な音が響いた。
……何が起こったんだ?
花カブトが動きを止め、そのまま地面に倒れる。
そして霧の中からライフルを持ったオッサンとメアリーが登場した。
オッサン!助かった!
「ケビン、今のうちに走れ!」
タバコをふかしながら命令するオッサンに、あんなにかっこいいなら俺も二十歳すぎたらタバコを吸ってみようかと一瞬血迷ってしまった。
でもタバコを吸うとラウルに嫌われるだろうな……。
ケビンはオッサンの言葉に走り始めたが、岩の道はかなり走りづらそうだ。
岩場の両隣では白い花がいくつも水面とともに盛り上がっている。
「シュウヘイ!いっぱいいる」
オッサンのライフルの音が何度も響いた。
俺は必死に手綱にしがみつき、ライフルの弾にも当たらず花カブトにも襲われない事を祈った。
急にケビンが足を止めた。
足元の岩場が途切れ、少し離れた先に続きの道がある。だがその真ん中には白い花があり、沼から花カブトが顔を出そうとしていた。
「ラウル、貸してくれ!」
俺はラウルから槍を奪うと、花カブトめがけて振るった。
ガキッと鈍い音がする。
槍は刺さるどころか、はじき返された。もしこの場に康哉がいたら、さすがカブトの名を持つだけのことはあるな、などと冷静な意見を言うだろう。それくらいの固さだ。
しかし水面から出させるわけにはいかない。今度は白い花を狙って槍を使う。
これは少し効果があり、花カブトは動きを止めた。
「ケビン、今のうちにジャンプだ!」
賢いケビンは俺の言葉に、向こうの岩までジャンプした。
俺はジャンプと同時に槍を抜こうとして……。
あれ?
「シュウヘイ!」
槍はうまく抜けなかった。
俺はいつのまにか、ケビンの上から花カブトの白い花の上に移動していた。
ここかな?いや、村なんて何も見当たらないぞ。
そこは切り立った崖の間にある狭くて細長い場所で、湿地帯というか……簡単に言うと沼のようになっていた。
沼の中に岩が点在していて、その上を歩けばどうにか向こうまでたどり着けそうだ。だが、沼の入口に看板が立てかけてある。文字は読めないが、絵は分かった。ドクロマークだ。
俺達が近づく間、オッサンはタバコをふかしていた。
「ラウルの村まであと少しだ。ここからまっすぐに南東に進むのが最短ルートなんだが……」
『オッサン、これは何ですか?』
俺は看板を指さした。
「ああ、この沼は花カブトの生息地だからな。侵入禁止と書かれているな」
はっはっは、とオッサンは笑った。
「じゃあ行くか!」
え!?
侵入禁止は!?ハナカブトって何だ?
『オ、オッサン!大丈夫?』
オッサンは、ああ、そうだったなと言って俺に細長い槍を手渡した。
「いざという時はこれで撃退しろ。何、大丈夫だ。ケビンは足が速いし、俺とメアリーが援護する」
ええ!?
もっと何か説明をくれ!
俺が槍を手に持ち呆然とする間もなく、賢いケビンはさっと沼地に足を踏み入れた。
『オ、オッサン!』
振り返ると、オッサンは背中のライフルを取り出しガシャガシャといじっていた。
「久々で腕がなるな!」
「グオオー」
メアリーが応えるように咆えた。コエー!!オッサンについて来たのは間違いだったかもしれない!でも今逃げるとライフルで撃たれそうだ!
「シュウヘイ、はなかぶと、なに?」
ラウルが俺をぎゅっと抱きしめながら、肩に頭を乗せて聞いてくる。
『知りません』
「ラウル、こわい」
バカヤロー、お前が怖くて俺が怖くない時があったか!?俺だって怖いぞ!
俺は目の前に広がる沼を凝視しながら、手綱と槍を握りしめた。
沼には霧が立ちこめていた。
パシャパシャとケビンの足が水に濡れる音がする。しばらく進んでも何も出てこない。
だが、油断は禁物だ。
霧のせいでオッサンとメアリーもろくに見えない。何かあったときどう援護してくれるんだ?
援護どころか間違ってライフルで撃たれるんじゃないだろうか。
沼には大きな白い花が咲いていた。
蓮の花に似てる。極楽浄土みたいな幻想的な光景だが、正直俺は花はもううんざりなんだ。俺が食われた花よりは小さいが、それでも広げた傘くらいの大きさはある。
「シュウヘイ……」
ラウルの体温が心地いい。
「ラウル、今のところ何もいない。そんなに怖がらなくても多分何も出ないと思う」
これはもちろん俺の希望も含まれてるけどな。
「おはながさいてる」
「そうだな」
「はなのみつ、とってきて」
「え!?」
いきなり何言い出すんだ。
だから俺はでかい花はうんざりなんだって。
「はなのみつほしい」
『怖いから無理です』
「だいじょうぶ」
お前が言うな!
「じゃあ、ラウルがとる」
ラウルは俺の持っていた槍を奪うと、近くにあった白い花をつついた。槍でこっちに寄せるつもりらしい。
その瞬間、慎重に岩の上を歩いていたケビンがびくっと反応した。
「!?」
俺もラウルも目を疑った。
ラウルがつついた白い花が、水面とともにゆらりと盛り上がったのだ。
そしてすさまじい水しぶきとともに、俺とラウルとケビンの目の前に何かが現れた。
驚きすぎて声も出なかった。
何だこれ……。
「ヒャー!」
ラウルが後ろで叫ぶ声が聞こえた。
すぐにケビンがジャンプして岩の上から別の岩に移動する。
ゆらりと現れたそれは、昆虫に似ていた。だが昆虫の体は大きくて、とても射程距離から逃げられたとは思えない。
固い殻をもっているその昆虫の頭に、白い花がくっついているのが見えた。
花カブトって……まさかこいつが?
「キシィィ……!!」
何かの音が周囲に響く。花カブトの鳴き声なのか!?頭に響く。決して心地いい音じゃない。
「シュウヘイ、おはなのしたに、へんなのがいた!」
「多分花とセットだ」
俺の予想では、こいつは普段は花のふりをして沼に住み、間違えてやってきた動物を捕食しているんだ。
ケビンはまぬけな声で花カブトを威嚇したが、すぐに踵をかえして岩場を走り始めた。
だが俺達の行く手に信じられない物が見えた。
沼に咲いていた白い花のいくつかが、ゆらりと振動して少しずつこっちに近づいて来ている。
まさか……あれ全部……。
恐ろしい考えに行きあたりそうになった時、岩が割れる音が響いた。
最初に現れた花カブトが、俺達がいた岩場に体当たりして沼から這い上がったらしい。
「シュウヘイ!いしがわれた。こっちにくる。はやくにげないと」
ラウルの言葉に振り返ると、花カブトの巨体が方向転換しているのが見えた。
虫が苦手な全ての人のために細かく描写するのは控えるが、何本かの足を動かして岩場を移動する様子はかなり迫力がある。
頭のてっぺんに白い花をくっつけた小型の装甲車といったところだ。あんなのに突っ込まれたらひとたまりもない。
「ケビン、頼む!急いでくれ!」
俺がケビンに無茶を言っていると、突然背後で
スパーン
という軽快な音が響いた。
……何が起こったんだ?
花カブトが動きを止め、そのまま地面に倒れる。
そして霧の中からライフルを持ったオッサンとメアリーが登場した。
オッサン!助かった!
「ケビン、今のうちに走れ!」
タバコをふかしながら命令するオッサンに、あんなにかっこいいなら俺も二十歳すぎたらタバコを吸ってみようかと一瞬血迷ってしまった。
でもタバコを吸うとラウルに嫌われるだろうな……。
ケビンはオッサンの言葉に走り始めたが、岩の道はかなり走りづらそうだ。
岩場の両隣では白い花がいくつも水面とともに盛り上がっている。
「シュウヘイ!いっぱいいる」
オッサンのライフルの音が何度も響いた。
俺は必死に手綱にしがみつき、ライフルの弾にも当たらず花カブトにも襲われない事を祈った。
急にケビンが足を止めた。
足元の岩場が途切れ、少し離れた先に続きの道がある。だがその真ん中には白い花があり、沼から花カブトが顔を出そうとしていた。
「ラウル、貸してくれ!」
俺はラウルから槍を奪うと、花カブトめがけて振るった。
ガキッと鈍い音がする。
槍は刺さるどころか、はじき返された。もしこの場に康哉がいたら、さすがカブトの名を持つだけのことはあるな、などと冷静な意見を言うだろう。それくらいの固さだ。
しかし水面から出させるわけにはいかない。今度は白い花を狙って槍を使う。
これは少し効果があり、花カブトは動きを止めた。
「ケビン、今のうちにジャンプだ!」
賢いケビンは俺の言葉に、向こうの岩までジャンプした。
俺はジャンプと同時に槍を抜こうとして……。
あれ?
「シュウヘイ!」
槍はうまく抜けなかった。
俺はいつのまにか、ケビンの上から花カブトの白い花の上に移動していた。
20
お気に入りに追加
785
あなたにおすすめの小説
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる