上 下
158 / 209
雲の谷

6 回復中

しおりを挟む
***

「おはようございます。今日の調子はいかがですか?」
『昨日よりずっといいです』

 久々に熟睡した。中庭は明るくて、時計がないから何時か分からないけどすがすがしい朝だ。
 女の人が身体にいい朝食をテーブルに並べてくれる。ここは時間がゆっくり流れている気がして、すっかり昔からいる人みたいにくつろいでいた。

「身体の魔法はかなり薄くなりましたね」

 木の実と野菜の入った雑炊みたいなスープを食べていると、女の人が俺を見てしみじみと言った。

『本当ですか? 昨日いっぱいお風呂に入ったので』
「今日もその調子でお願いします」

 そのあとお爺さんから診察を受け、回復の泉のお風呂に浸かり、身体にいいおやつをつまみ、借りた異世界語の物語を読んだり、ダイコンや緑のふわふわ聖獣と戯れたりして過ごす。
 真っ黒だった身体の模様はそのうちかなり薄くなった。まだ心臓の周りには染みみたいな黒い色がすこし残ってるけど。

 最初は裸で過ごしてくださいと言われたけど、やっぱり気がひけるからパンツ一枚で過ごしている。落ち込んでいた気分も身体の模様が消えるにつれて楽になってきた。回復の泉って本当にすごいな。

 奥の院にはお爺さんと女の人しかいないらしい。基本俺のことは放置だけど、食事の準備や薬の準備で忙しいのかも。

 夕食の時に、みんなの事を聞いてみた。

『みんなはどうしてますか?』
「長からの報告によると、皆さまミサキ様の事を心配しているようです。ポリム様やジョージ様にご様子を聞かれますが、治療に専念しているとしかお伝えしておりません」
『そうですか』

 みんな心配しているだろうな。ルーシェン達の方もどうなったのか気がかりだ。ジョシュの彼が手紙を送ってくれたと思うけど、無事に砦に着いたかな。

「それから王都からハルバート様がいらっしゃったようです。客間に滞在していただいております。こちらで用意した小型の飛行船に食材や薬品や武器を積んで出発の準備をされているようです」
『そうですか。ありがとうございます』

 如月が来てくれたのなら心配ないな。あとは俺が元気になって砦に向かうだけだ。

『あとどのくらいでここから出られますか? もう元気になったような気がします』

 女の人はふふっと笑った。診察中は表情も読み取りにくくて怖そうな人だと思ったけど、慣れてくると優しい気がする。俺に余裕ができてきたからなのかな。

「すっかりお元気になられましたね。魔法の痕跡を見せる事は心配でしたが、やはり噂通りあなたは強い方です」
『え? そうですか?』
「そうです。ああいった呪いの魔法は、本人がかけられていると感じると威力が増しますので、精神の強い方にしかお見せしないのです」
『でも、けっこう落ち込みました』
「申し訳ございません。必ず回復なさると思っていましたので。いつここを出られるかは診察の後で決めましょう」
『はい』

 夕食のあとは再びお爺さんの診察だ。肌の模様もほとんど無くなったから自信満々だったのに、退院の許可は出なかった。

「まだじゃな」
『えっ、まだ?』
「あと二、三日かかるな」
『もう元気ですけど』
「馬鹿者、魔法を舐めるでない。完璧に消し去らなければ復活する呪文もあるのじゃぞ」
『分かりました……』

 あと二、三日か。ここの生活は平和で癒されるけど、元気になるとはやく砦に戻りたくなるから不思議だ。
 この時は少しがっかりしたけど、このあと俺はお爺さんが二、三日退院を伸ばしてくれたことに心底感謝することになるのだった。

 夕食を食べ終わると女の人もお爺さんもいなくなったので、中庭に出てお風呂の準備をする。
 今日は光が比較的少なくて静かだ。見ればダイコンの聖獣も緑のふわふわも数が少ない。寝てるのかな。

 お風呂に浸かって、暗い空を見上げる。本当は屋外なのに、もやがかかってドームの中にいるような感じだ。ルーシェンと閉じ込められた魔法村の空もこんな感じだった。出られないのも同じだけど、魔法村にいたのは真っ黒オバケやゾンビだから、こことは全く違うな。

 空を見上げていると、隣にダイコンの聖獣がやって来た。何匹かそろっている。

「何?」

 最初はお風呂に入りたいのかと思ったけど違う。着いてこいと言ってるみたいだ。お風呂から上がり、パンツをはいてダイコンのあとを追うと、入り組んだ中庭の奥に光が見えた。赤い光だ。

 みそぎ中に襲われた恐怖がフラッシュバックして、思わず木の陰に身を隠す。あの時も赤い光がさしていた。パンツ一枚なのも同じだ。怖い。ここは雲の谷の奥の院なのに防御魔法はかけられていないのか? それともそれを突破したのか?

 ツンツン、とつつかれて顔を上げると周りにダイコン達が集まっていた。聖獣たちの様子に変化はない。攻撃魔法じゃないのか? 他に赤い光といえば……転移魔法陣?

 こそこそと木の陰から顔だけ出して見る。赤い光の消えた後に、見慣れた金色のオーラ。会いたくてたまらなかった人の後ろ姿が見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

【完】ゲームの世界で美人すぎる兄が狙われているが

BL
 俺には大好きな兄がいる。3つ年上の高校生の兄。美人で優しいけどおっちょこちょいな可愛い兄だ。  ある日、そんな兄に話題のゲームを進めるとありえない事が起こった。 「あれ?ここってまさか……ゲームの中!?」  モンスターが闊歩する森の中で出会った警備隊に保護されたが、そいつは兄を狙っていたようで………?  重度のブラコン弟が兄を守ろうとしたり、壊れたブラコンの兄が一線越えちゃったりします。高確率でえろです。 ※近親相姦です。バッチリ血の繋がった兄弟です。 ※第三者×兄(弟)描写があります。 ※ヤンデレの闇属性でビッチです。 ※兄の方が優位です。 ※男性向けの表現を含みます。 ※左右非固定なのでコロコロ変わります。固定厨の方は推奨しません。 お気に入り登録、感想などはお気軽にしていただけると嬉しいです!

『ユキレラ』義妹に結婚寸前の彼氏を寝取られたど田舎者のオレが、泣きながら王都に出てきて運命を見つけたかもな話

真義あさひ
BL
尽くし男の永遠の片想い話。でも幸福。 ど田舎村出身の青年ユキレラは、結婚を翌月に控えた彼氏を義妹アデラに寝取られた。 確かにユキレラの物を何でも欲しがる妹だったが、まさかの婚約者まで奪われてはさすがに許せない。 絶縁状を叩きつけたその足でど田舎村を飛び出したユキレラは、王都を目指す。 そして夢いっぱいでやってきた王都に到着当日、酒場で安い酒を飲み過ぎて気づいたら翌朝、同じ寝台の中には裸の美少年が。 「えっ、嘘……これもしかして未成年じゃ……?」 冷や汗ダラダラでパニクっていたユキレラの前で、今まさに美少年が眠りから目覚めようとしていた。 ※「王弟カズンの冒険前夜」の番外編、「家出少年ルシウスNEXT」の続編 「異世界転移!?~俺だけかと思ったら廃村寸前の俺の田舎の村ごとだったやつ」のメインキャラたちの子孫が主人公です

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

神獣の僕、ついに人化できることがバレました。

猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです! 片思いの皇子に人化できるとバレました! 突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています! 本編二話完結。以降番外編。

継母から虐待されて死ぬ兄弟の兄に転生したから継母退治するぜ!

ミクリ21 (新)
BL
継母から虐待されて死ぬ兄弟の兄に転生したダンテ(8)。 弟のセディ(6)と生存のために、正体が悪い魔女の継母退治をする。 後にBLに発展します。

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

処理中です...