赤い髪の騎士と黒い魔法使い

カム

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学園祭と長期休暇

3 迷惑じゃない

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 日が沈み、空が赤く染まる。オレンジと紫の雲がゆっくりと流れていく。
 アルフレッドとシンは買ってきたお肉やパンを仲良く半分ずつ分けた。アルフレッドの方がたくさん食べるはずなのに、アルフレッドは食の細いシンを心配して何でも食べさせようとする。それでシンが折れて半分ずつに落ち着いたのだ。

「これ美味いな。食堂にもあるといいのに」
「そうだね」
「料理もやればできそうだけど、作る時間は他のことにあてたいからな」
「兄さんはいつも剣の稽古をしてたよね」
「考えてみたらほとんどそればっかだったな。もっとお前と街に遊びに行ったりすれば良かった」
「庭が広かったから家で遊ぶだけでも充分楽しかったよ」

 今思えばシンは軟禁状態だったのだから、外に出られなかったのも無理はない。初めて事実を知った時はショックだったけど、バージェス家はシンをできる限り理事長や王族から守ってくれていたのだろう。実際にバージェス家にいた数年間、シンは血を採られたことも人間扱いされなかったことも一度もなかった。
 
 二人で丘の上からステージを眺めている間に、周囲は夜の闇に染まっていった。鐘や太鼓の音が鳴り響き、それを合図に上級生たちが作り出した色とりどりの炎がステージ上に現れた。歓声が上がる。ステージの周辺には見物人や候補生とその家族が大勢集まっているのが見えた。

「すごいな」
「うん」

 アルフレッドが魔法の炎に見とれている。シンは魔法よりもアルフレッドの横顔ばかり眺めていた。夜の闇の中なら誰の視線も気にしなくてすむ。理事長の蜘蛛の糸のような魔法もここにはない。
 そっとアルフレッドの手を握ると、兄は少し驚いた表情で振り返った。今なら本当のことが言えるかも。
 アルフレッドが微笑んでシンの手を握り返す。シンは何も言わなかった。この幸せで平和な時間が、シンの重苦しい出生の秘密や嫌いな理事長の話に塗り替えられてしまうのが嫌だったから。

 二人は手を繋いでステージの魔法を眺めた。炎の次は水、それから風の魔法だ。上級生たちが音楽に合わせて次々と披露していく。時々うまくいかない魔法もあって、慌てた候補生にも暖かい声援がかけられていた。

「派手なのもいいけど、俺はあの魔法がやっぱりいいな」
「火花の魔法?」
「ああ。シンが初めて見せてくれたとき感動したんだ。俺には絶対にできないからな」
「それくらいなら今できるよ」
「いいよ。消耗品なんだろ」
「得意だから大丈夫。あと百回は披露できるよ」
「百回か、それはすごいな。じゃあ見せてくれ。無くなったら買ってやるから」
「うん。ありがとう兄さん」

 兄が手を離そうとしたので大丈夫だと首を振り、シンは繋いでいない方の手で魔法書を取り出した。片手で火花の魔法を出現させる。赤一色の小さな火花。今ならこれを赤い炎の鳥にだって変えることはできるが、そうはせずにしばらく光らせてそっと消した。

「やっぱり綺麗だな」
「良かった」

 シンは握っていた手を口元に持っていき、そっと兄の手の甲にキスをした。いつかアルフレッドがしてくれたように。これくらいなら許してもらえるかも、と思って。兄が驚いたようにシンの顔を見た。
「あ、えっと……ごめん。僕、全然兄離れできなくて……。兄さんには迷惑な存在だと思うけど」
 しどろもどろになりながら付け加えると、アルフレッドが片手を伸ばし、一瞬だけシンを抱き寄せた。
「迷惑じゃない」
 耳元で囁かれてシンの鼓動が速くなる。すぐに離れたあと、アルフレッドは照れたように笑った。
「俺も……全然弟離れできてないんだ」


 


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