不機嫌な公爵はお飾りの妻を溺愛する

蒼伊

文字の大きさ
上 下
4 / 5

ひと月前の結婚申し込み(2)

しおりを挟む
 父の言葉に、リディは驚きに声を失う。口元を手で覆い、目を見張った。
 
(け、結婚!? こんな借金まみれの落ちぶれ伯爵家に……そんな奇特な相手が?
……でも待って。この重い空気はもしかして……)
 
 
 姉のソフィの婚約者は商家の子息。ブラシェ伯爵家が落ちぶれようとも、貴族の娘ということに意味がある。だからこそ、相手から申し込まれた縁談話だった。
 だが、その相手はソフィと年もそう変わらず、見目も良い。ソフィは大層乗り気でトントン拍子で婚約が整った。
 
 ソフィと違い、リディには婚約者が未だいない。16歳と年ごろではあるが、舞踏会に行く余裕もなく、出会いさえもない。手に職をつけようにも、小さい時から体が強くなく、すぐに体調を崩すリディでは城勤めも女騎士も難しい。
 姉のようにどこか商家に望まれることが考えうる中では最高の結婚だろう。もしくは親子ほどの年の離れた貴族の後妻でも貰い手があれば良いほうだと、家族の誰もが考えていた。
 
 金銭に余裕のない実家で、大した働きもできないリディにとっては、早く家を出ることが一番だと考えながらも、どうしたものかと悩んでいた。
 
「あの、お相手の方は」
「貴族の嫡男で……もちろん初婚だ。相手方からは、お前との結婚をすぐにでもしたいと希望があった」
「すぐに? 急ぐ理由がおありで?」
「くっ……リディやっぱり止め……」
 
(まさか、私にそのような条件のいい縁談が舞い込むなんて……考えもしなかった)
 
「父上、あとは俺が続きを話しましょう。リディ、その方はお前と結婚する代わりに、家の借金を肩代わりし、領地経営の援助も約束してくれた」
「え? 借金を全て……ですか?」
「あぁ、全てだ。父上はお前のことを想ってこの話を受けるのを止めかねないが、そうなれば我が伯爵家の立場はない。しかも、条件までが我が家にとって、これ以上ない魅力的なものなのだからな」
 
(貴族の嫡男、しかも後妻でもない。しかも、お父様とお兄様の様子から、我が家よりも家格は上と考えられるわ。それに、家の借金を肩代わりですって? 鉱山を一山売っても足りないような借金の額を肩代わり? 一体何者なの……)
 
 ダニエルから告げられた言葉に、リディは戸惑いに揺れた。整理しようにも、突然のことで頭がうまく働かない。だが、それでもこの条件を逃したら、これ以上の縁談が自分にはこないことだけは理解できた。
 
(頭が寂しくても、ふくよかな方でも……うん、どんな方でも喜んで受けなければ。貧しくとも体の弱かった私を愛して、大切にしてくれた両親のためにも)
 
 
「そのお話、お受けします」
 
 リディは胸に置いた右手を自分の左手で包むようにギュッと握りしめた。そして、決意をした目で父、母、兄と順に視線を動かす。
 兄以外の家族は皆、心配そうに私を見つめ、私の言葉に驚いたように目を見開いた。
 
「リディ! 無理には……」
「いえ、今後これ以上の条件が私にあるはずがありません」
「済まない。お前たちに苦労ばかりかけて……」
「いえ、お父様。私はこの家に生まれてくることができて幸せです。確かにお金はないし、ドレスは流行おくれだし、王都のカフェにも行ったことはないけど。
それでも、お父様とお母様の娘に生まれて、ここまで育ててくれたこと、本当に感謝でいっぱいです」
 
 リディの言葉に、父は天を仰ぎ見て目頭を押さえた。母は席を立ち、リディの元までやって来ると、ギュッと体を抱き締めて「苦労をかけてばかりでごめんなさい」と小さく呟いた。
 
「そんな嫁にいくみたいなことを言うな」
「いや、父上。間違いなくリディは嫁に行くのですが」
「分かっている! あぁ、こんなに可愛い娘を……あのセルジュ・アンラードの元に」
 
 父は嘆きながら独り言のように顔を覆いながら呟いた。だが、結婚相手を知らされていないリディ、そして姉のソフィだけは目を極限まで見開いた。
 ソフィに至っては、大事な妹を想ってかサッと蒼褪めながらガタっとその場に立ち上がった。
 
「え? セルジュ・アングラード様? まさか……」
 
 リディは茫然としながら呟いた。だが、その言葉を家族が耳にする前に、父と姉の声が重なり届くことはなかった。
 
「お父様! どういうことですか!」
「私も辛いよ。こんなにも可愛い娘をアングラード公爵に渡さねばならないのだから」
「ではなく! 結婚相手、リディの結婚相手は!」
「あぁ。リディの結婚相手はセルジュ・アングラード様だよ」
 
(な、何ですって!? セルジュ・アングラードって……社交界に碌に出ずとも、その名を何度も聞いたことがある、あの、セルジュ様?)
 
「リディ、リディ!」
「駄目ですね。目を開けたまま放心してますね」
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

婚約者を親友に盗られた上、獣人の国へ嫁がされることになったが、私は大の動物好きなのでその結婚先はご褒美でしかなかった

雪葉
恋愛
婚約者である第三王子を、美しい外見の親友に盗られたエリン。まぁ王子のことは好きでも何でもなかったし、政略結婚でしかなかったのでそれは良いとして。なんと彼らはエリンに「新しい縁談」を持ってきたという。その嫁ぎ先は“獣人”の住まう国、ジュード帝国だった。 人間からは野蛮で恐ろしいと蔑まれる獣人の国であるため、王子と親友の二人はほくそ笑みながらこの縁談を彼女に持ってきたのだが────。 「憧れの国に行けることになったわ!! なんて素晴らしい縁談なのかしら……!!」 エリンは嫌がるどころか、大喜びしていた。 なぜなら、彼女は無類の動物好きだったからである。 そんなこんなで憧れの帝国へ意気揚々と嫁ぎに行き、そこで暮らす獣人たちと仲良くなろうと働きかけまくるエリン。 いつも明るく元気な彼女を見た周りの獣人達や、新しい婚約者である皇弟殿下は、次第に彼女に対し好意を持つようになっていく。 動物を心底愛するが故、獣人であろうが何だろうがこよなく愛の対象になるちょっとポンコツ入ってる令嬢と、そんな彼女を見て溺愛するようになる、狼の獣人な婚約者の皇弟殿下のお話です。 ※他サイト様にも投稿しております。

処理中です...