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ひと月前の結婚申し込み(2)
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父の言葉に、リディは驚きに声を失う。口元を手で覆い、目を見張った。
(け、結婚!? こんな借金まみれの落ちぶれ伯爵家に……そんな奇特な相手が?
……でも待って。この重い空気はもしかして……)
姉のソフィの婚約者は商家の子息。ブラシェ伯爵家が落ちぶれようとも、貴族の娘ということに意味がある。だからこそ、相手から申し込まれた縁談話だった。
だが、その相手はソフィと年もそう変わらず、見目も良い。ソフィは大層乗り気でトントン拍子で婚約が整った。
ソフィと違い、リディには婚約者が未だいない。16歳と年ごろではあるが、舞踏会に行く余裕もなく、出会いさえもない。手に職をつけようにも、小さい時から体が強くなく、すぐに体調を崩すリディでは城勤めも女騎士も難しい。
姉のようにどこか商家に望まれることが考えうる中では最高の結婚だろう。もしくは親子ほどの年の離れた貴族の後妻でも貰い手があれば良いほうだと、家族の誰もが考えていた。
金銭に余裕のない実家で、大した働きもできないリディにとっては、早く家を出ることが一番だと考えながらも、どうしたものかと悩んでいた。
「あの、お相手の方は」
「貴族の嫡男で……もちろん初婚だ。相手方からは、お前との結婚をすぐにでもしたいと希望があった」
「すぐに? 急ぐ理由がおありで?」
「くっ……リディやっぱり止め……」
(まさか、私にそのような条件のいい縁談が舞い込むなんて……考えもしなかった)
「父上、あとは俺が続きを話しましょう。リディ、その方はお前と結婚する代わりに、家の借金を肩代わりし、領地経営の援助も約束してくれた」
「え? 借金を全て……ですか?」
「あぁ、全てだ。父上はお前のことを想ってこの話を受けるのを止めかねないが、そうなれば我が伯爵家の立場はない。しかも、条件までが我が家にとって、これ以上ない魅力的なものなのだからな」
(貴族の嫡男、しかも後妻でもない。しかも、お父様とお兄様の様子から、我が家よりも家格は上と考えられるわ。それに、家の借金を肩代わりですって? 鉱山を一山売っても足りないような借金の額を肩代わり? 一体何者なの……)
ダニエルから告げられた言葉に、リディは戸惑いに揺れた。整理しようにも、突然のことで頭がうまく働かない。だが、それでもこの条件を逃したら、これ以上の縁談が自分にはこないことだけは理解できた。
(頭が寂しくても、ふくよかな方でも……うん、どんな方でも喜んで受けなければ。貧しくとも体の弱かった私を愛して、大切にしてくれた両親のためにも)
「そのお話、お受けします」
リディは胸に置いた右手を自分の左手で包むようにギュッと握りしめた。そして、決意をした目で父、母、兄と順に視線を動かす。
兄以外の家族は皆、心配そうに私を見つめ、私の言葉に驚いたように目を見開いた。
「リディ! 無理には……」
「いえ、今後これ以上の条件が私にあるはずがありません」
「済まない。お前たちに苦労ばかりかけて……」
「いえ、お父様。私はこの家に生まれてくることができて幸せです。確かにお金はないし、ドレスは流行おくれだし、王都のカフェにも行ったことはないけど。
それでも、お父様とお母様の娘に生まれて、ここまで育ててくれたこと、本当に感謝でいっぱいです」
リディの言葉に、父は天を仰ぎ見て目頭を押さえた。母は席を立ち、リディの元までやって来ると、ギュッと体を抱き締めて「苦労をかけてばかりでごめんなさい」と小さく呟いた。
「そんな嫁にいくみたいなことを言うな」
「いや、父上。間違いなくリディは嫁に行くのですが」
「分かっている! あぁ、こんなに可愛い娘を……あのセルジュ・アンラードの元に」
父は嘆きながら独り言のように顔を覆いながら呟いた。だが、結婚相手を知らされていないリディ、そして姉のソフィだけは目を極限まで見開いた。
ソフィに至っては、大事な妹を想ってかサッと蒼褪めながらガタっとその場に立ち上がった。
「え? セルジュ・アングラード様? まさか……」
リディは茫然としながら呟いた。だが、その言葉を家族が耳にする前に、父と姉の声が重なり届くことはなかった。
「お父様! どういうことですか!」
「私も辛いよ。こんなにも可愛い娘をアングラード公爵に渡さねばならないのだから」
「ではなく! 結婚相手、リディの結婚相手は!」
「あぁ。リディの結婚相手はセルジュ・アングラード様だよ」
(な、何ですって!? セルジュ・アングラードって……社交界に碌に出ずとも、その名を何度も聞いたことがある、あの、セルジュ様?)
「リディ、リディ!」
「駄目ですね。目を開けたまま放心してますね」
(け、結婚!? こんな借金まみれの落ちぶれ伯爵家に……そんな奇特な相手が?
……でも待って。この重い空気はもしかして……)
姉のソフィの婚約者は商家の子息。ブラシェ伯爵家が落ちぶれようとも、貴族の娘ということに意味がある。だからこそ、相手から申し込まれた縁談話だった。
だが、その相手はソフィと年もそう変わらず、見目も良い。ソフィは大層乗り気でトントン拍子で婚約が整った。
ソフィと違い、リディには婚約者が未だいない。16歳と年ごろではあるが、舞踏会に行く余裕もなく、出会いさえもない。手に職をつけようにも、小さい時から体が強くなく、すぐに体調を崩すリディでは城勤めも女騎士も難しい。
姉のようにどこか商家に望まれることが考えうる中では最高の結婚だろう。もしくは親子ほどの年の離れた貴族の後妻でも貰い手があれば良いほうだと、家族の誰もが考えていた。
金銭に余裕のない実家で、大した働きもできないリディにとっては、早く家を出ることが一番だと考えながらも、どうしたものかと悩んでいた。
「あの、お相手の方は」
「貴族の嫡男で……もちろん初婚だ。相手方からは、お前との結婚をすぐにでもしたいと希望があった」
「すぐに? 急ぐ理由がおありで?」
「くっ……リディやっぱり止め……」
(まさか、私にそのような条件のいい縁談が舞い込むなんて……考えもしなかった)
「父上、あとは俺が続きを話しましょう。リディ、その方はお前と結婚する代わりに、家の借金を肩代わりし、領地経営の援助も約束してくれた」
「え? 借金を全て……ですか?」
「あぁ、全てだ。父上はお前のことを想ってこの話を受けるのを止めかねないが、そうなれば我が伯爵家の立場はない。しかも、条件までが我が家にとって、これ以上ない魅力的なものなのだからな」
(貴族の嫡男、しかも後妻でもない。しかも、お父様とお兄様の様子から、我が家よりも家格は上と考えられるわ。それに、家の借金を肩代わりですって? 鉱山を一山売っても足りないような借金の額を肩代わり? 一体何者なの……)
ダニエルから告げられた言葉に、リディは戸惑いに揺れた。整理しようにも、突然のことで頭がうまく働かない。だが、それでもこの条件を逃したら、これ以上の縁談が自分にはこないことだけは理解できた。
(頭が寂しくても、ふくよかな方でも……うん、どんな方でも喜んで受けなければ。貧しくとも体の弱かった私を愛して、大切にしてくれた両親のためにも)
「そのお話、お受けします」
リディは胸に置いた右手を自分の左手で包むようにギュッと握りしめた。そして、決意をした目で父、母、兄と順に視線を動かす。
兄以外の家族は皆、心配そうに私を見つめ、私の言葉に驚いたように目を見開いた。
「リディ! 無理には……」
「いえ、今後これ以上の条件が私にあるはずがありません」
「済まない。お前たちに苦労ばかりかけて……」
「いえ、お父様。私はこの家に生まれてくることができて幸せです。確かにお金はないし、ドレスは流行おくれだし、王都のカフェにも行ったことはないけど。
それでも、お父様とお母様の娘に生まれて、ここまで育ててくれたこと、本当に感謝でいっぱいです」
リディの言葉に、父は天を仰ぎ見て目頭を押さえた。母は席を立ち、リディの元までやって来ると、ギュッと体を抱き締めて「苦労をかけてばかりでごめんなさい」と小さく呟いた。
「そんな嫁にいくみたいなことを言うな」
「いや、父上。間違いなくリディは嫁に行くのですが」
「分かっている! あぁ、こんなに可愛い娘を……あのセルジュ・アンラードの元に」
父は嘆きながら独り言のように顔を覆いながら呟いた。だが、結婚相手を知らされていないリディ、そして姉のソフィだけは目を極限まで見開いた。
ソフィに至っては、大事な妹を想ってかサッと蒼褪めながらガタっとその場に立ち上がった。
「え? セルジュ・アングラード様? まさか……」
リディは茫然としながら呟いた。だが、その言葉を家族が耳にする前に、父と姉の声が重なり届くことはなかった。
「お父様! どういうことですか!」
「私も辛いよ。こんなにも可愛い娘をアングラード公爵に渡さねばならないのだから」
「ではなく! 結婚相手、リディの結婚相手は!」
「あぁ。リディの結婚相手はセルジュ・アングラード様だよ」
(な、何ですって!? セルジュ・アングラードって……社交界に碌に出ずとも、その名を何度も聞いたことがある、あの、セルジュ様?)
「リディ、リディ!」
「駄目ですね。目を開けたまま放心してますね」
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