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結婚相手は噂と違うようです?
しおりを挟む「あなたがリディさん?」
「はい、お初にお目にかかります。リディ・ブラシュでござ……」
先程の侍女、そして執事と共に現れた上品ないで立ちの壮年女性を目にし、一目で彼女がアングラード公爵の母であるアンラード前公爵夫人であることを察した。
いくら貧乏であるとはいえ、一応は貴族の端くれだ。リディはにこやかに微笑みながら丁寧に挨拶をしようとした。
だが、ギュッと扇子を握りしめた夫人はわなわなと震えて何かに耐えるように俯くと、勢いよく顔を上げた。
「あらあらあら! なんて可愛いのかしら。噂通りね! 気立てが良くて愛らしくて……まぁ、そんなに驚かないで。あなたはセルジュの花嫁さんですもの。もう私の娘も同然よ」
「あ、あの……」
「まぁ、声まで可愛らしいわ。ダン、聞いた? あぁ、私ずっと娘が欲しかったの。でも我が家には図体も態度も大きくて素っ気ない息子が1人だけなのよ。だからずっとこの日を夢見ていたのよ」
夫人は頬を紅潮させながら執事長であるダンに同意を求めたあと、リディへと親しみのこもった笑みを向けた。
「奥様、リディ様のご挨拶の途中ですので」
「あら、そうだったかしら。いやだ、せっかちなのは昔からなのよ。ごめんなさいね」
「いえ、あの……公爵夫人」
執事長が困惑顔で制すると、夫人は手を口元に当てながら恥ずかしそうに眉を下げた。
「前、公爵夫人よ。夫が亡くなってから、今はもう息子のセルジュが公爵ですからね。それでも、女主人は必要でしょ。だから、今もこの屋敷で奥様なんて呼ばれているけど。これからはもう大奥様、かしら? あぁ、もちろんあなたからは《お義母さま》と呼ばれたいわ」
「えっと、は……はい……」
「聞いていると思うけど、セルジュはちょっと……いえ、まぁまぁ気難しい性格をしているわ。でも、よく知っていけば良いところもあるのよ? 親の欲目はあるかもしれないけど、剣の腕と見目だけは国一番と言っても過言ではないと思うわ。少し目つきが悪くて態度が良くないけどね」
表情豊かに笑いながら、ここにはいない息子である公爵を擁護しているのかしていないのか不明なフォローをする夫人の勢いに、リディは気のない返事を返すのがやっとだった。
(凄い勢いに驚いてまともに返事ができなかった……。でも、優しそうな方。義母となる方がこのような方なのだから、きっと公爵の噂も嫉妬まじりのものなのかもしれないわ)
和やかな空気が流れていたとき、扉の外から荒々しい靴音と共に男性の声が遠くに聞こえた。怒声にも聞こえるその声は、徐々に近づいてきていることから、どうやらこの部屋に向かっていたようだ。
その時、バンッと大きな音と共に勢いよく扉が開かれた。
「母上! 母上はどこにいる! 一体どういうことですか。俺に何も一言も了承を得ずに、勝手に妻を迎えるな……ど……」
その声と共に現れた男性は、自分の母親を見つけるや否や詰め寄ろうと真っ直ぐにリディの元まで足早に近づこうとした。だが、夫人が一歩隣にずれた時、夫人の背で隠れていたリディの姿を目に留めると、驚いたように足を止めた。
「あら、セルジュ。遅かったわね。ほら、あなたの奥さんになるリディよ」
夫人は息子の怒りなど聞き流すかのように、先程と全く変わらない微笑みを浮かべながら、リディの両肩に手を置いた。
虚をつかれたように動かなかったセルジュは、夫人の言葉に我に返ったかのように苛立ちを露わにしながらリディへと厳しい眼差しを向けた。
「一体どういうことだ」
だが、対するリディは言葉を失ったように何も言えないまま唖然とセルジュの顔だけを見た。普段であれば、それがいかに不敬なことかを理解できただろう。
それでも、今のリディには到底無理だった。
驚いたのはセルジュの《一言も了承を得ずに妻を迎えた》の言葉にではない。落ち着いて考えれば、どう考えても大問題の発言だ。
だがリディはそれ以上の問題を目の前に、そんなことは些細なことだと、その問題をまず後回しにした。
なぜなら、一番の問題が目の前にあったから。というのは、彼女が思い浮かべていたアングラード公爵の姿と、目の前にいるアングラード公爵は一切一致しなかったからに他ならない。
いや、それ以前に姉から何通りもの悪い状況を想像させられていたが、そのどれもがかすりもしない状況に頭がうまく働いてくれないのだ。
この状況をリディは全く想像さえもしていなかったのだ。
なぜなら……。
今のリディには、騎士服を纏った大きな真っ白いクマのぬいぐるみが、苛立ったように腕組みをしながら、自分を見下ろしている姿しか目に入らなかったから。
「まぁ……一体どういうことなのでしょう。あの……随分、噂と違うようで」
「は?」
ポカンとしながらリディは目の前のセルジュ・アングラード……もとい、愛らしい190㎝大の不機嫌な《クマさん》を見つめながら、ポツリと呟いた。
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