上 下
2 / 5

結婚相手は噂と違うようです?

しおりを挟む

「あなたがリディさん?」
「はい、お初にお目にかかります。リディ・ブラシュでござ……」
 
 先程の侍女、そして執事と共に現れた上品ないで立ちの壮年女性を目にし、一目で彼女がアングラード公爵の母であるアンラード前公爵夫人であることを察した。
 いくら貧乏であるとはいえ、一応は貴族の端くれだ。リディはにこやかに微笑みながら丁寧に挨拶をしようとした。
 だが、ギュッと扇子を握りしめた夫人はわなわなと震えて何かに耐えるように俯くと、勢いよく顔を上げた。
 
「あらあらあら! なんて可愛いのかしら。噂通りね! 気立てが良くて愛らしくて……まぁ、そんなに驚かないで。あなたはセルジュの花嫁さんですもの。もう私の娘も同然よ」
「あ、あの……」
「まぁ、声まで可愛らしいわ。ダン、聞いた? あぁ、私ずっと娘が欲しかったの。でも我が家には図体も態度も大きくて素っ気ない息子が1人だけなのよ。だからずっとこの日を夢見ていたのよ」
 
 夫人は頬を紅潮させながら執事長であるダンに同意を求めたあと、リディへと親しみのこもった笑みを向けた。
 
「奥様、リディ様のご挨拶の途中ですので」
「あら、そうだったかしら。いやだ、せっかちなのは昔からなのよ。ごめんなさいね」
「いえ、あの……公爵夫人」
 
 執事長が困惑顔で制すると、夫人は手を口元に当てながら恥ずかしそうに眉を下げた。
 
「前、公爵夫人よ。夫が亡くなってから、今はもう息子のセルジュが公爵ですからね。それでも、女主人は必要でしょ。だから、今もこの屋敷で奥様なんて呼ばれているけど。これからはもう大奥様、かしら? あぁ、もちろんあなたからは《お義母さま》と呼ばれたいわ」
「えっと、は……はい……」
「聞いていると思うけど、セルジュはちょっと……いえ、まぁまぁ気難しい性格をしているわ。でも、よく知っていけば良いところもあるのよ? 親の欲目はあるかもしれないけど、剣の腕と見目だけは国一番と言っても過言ではないと思うわ。少し目つきが悪くて態度が良くないけどね」
 
 表情豊かに笑いながら、ここにはいない息子である公爵を擁護しているのかしていないのか不明なフォローをする夫人の勢いに、リディは気のない返事を返すのがやっとだった。
 
(凄い勢いに驚いてまともに返事ができなかった……。でも、優しそうな方。義母となる方がこのような方なのだから、きっと公爵の噂も嫉妬まじりのものなのかもしれないわ)
 
 和やかな空気が流れていたとき、扉の外から荒々しい靴音と共に男性の声が遠くに聞こえた。怒声にも聞こえるその声は、徐々に近づいてきていることから、どうやらこの部屋に向かっていたようだ。
 
 その時、バンッと大きな音と共に勢いよく扉が開かれた。
 
「母上! 母上はどこにいる! 一体どういうことですか。俺に何も一言も了承を得ずに、勝手に妻を迎えるな……ど……」
 
 その声と共に現れた男性は、自分の母親を見つけるや否や詰め寄ろうと真っ直ぐにリディの元まで足早に近づこうとした。だが、夫人が一歩隣にずれた時、夫人の背で隠れていたリディの姿を目に留めると、驚いたように足を止めた。
 
「あら、セルジュ。遅かったわね。ほら、あなたの奥さんになるリディよ」
 
 夫人は息子の怒りなど聞き流すかのように、先程と全く変わらない微笑みを浮かべながら、リディの両肩に手を置いた。
 虚をつかれたように動かなかったセルジュは、夫人の言葉に我に返ったかのように苛立ちを露わにしながらリディへと厳しい眼差しを向けた。
 
「一体どういうことだ」
 
 だが、対するリディは言葉を失ったように何も言えないまま唖然とセルジュの顔だけを見た。普段であれば、それがいかに不敬なことかを理解できただろう。
 それでも、今のリディには到底無理だった。
 
 驚いたのはセルジュの《一言も了承を得ずに妻を迎えた》の言葉にではない。落ち着いて考えれば、どう考えても大問題の発言だ。
 だがリディはそれ以上の問題を目の前に、そんなことは些細なことだと、その問題をまず後回しにした。
 
 なぜなら、一番の問題が目の前にあったから。というのは、彼女が思い浮かべていたアングラード公爵の姿と、目の前にいるアングラード公爵は一切一致しなかったからに他ならない。
 いや、それ以前に姉から何通りもの悪い状況を想像させられていたが、そのどれもがかすりもしない状況に頭がうまく働いてくれないのだ。
 
 
この状況をリディは全く想像さえもしていなかったのだ。
 
 なぜなら……。
 
 今のリディには、騎士服を纏った大きな真っ白いクマのぬいぐるみが、苛立ったように腕組みをしながら、自分を見下ろしている姿しか目に入らなかったから。
 
 
「まぁ……一体どういうことなのでしょう。あの……随分、噂と違うようで」
 
「は?」
 
 
 ポカンとしながらリディは目の前のセルジュ・アングラード……もとい、愛らしい190㎝大の不機嫌な《クマさん》を見つめながら、ポツリと呟いた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

勇者ご一行に復讐を誓った姫は、魔王の嫁になります!

寿司
恋愛
魔王を倒し、世界に平和が戻った! 勇者と姫は結ばれ、めでたしめでたし。……のはずだった。 勇者ロディアとそのお仲間、魔法使いミリアと僧侶セーラに裏切られ、全てを失ったお姫様イブマリー。処刑寸前で助けてくれたのは勇者に倒されたはずの魔王で…? □□小説家になろう様にも同小説を投稿しています→https://ncode.syosetu.com/n0074ep/ □□

サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。

ゆちば
恋愛
ビリビリッ! 「む……、胸がぁぁぁッ!!」 「陛下、声がでかいです!」 ◆ フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。 私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。 だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。 たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。 「【女体化の呪い】だ!」 勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?! 勢い強めの3万字ラブコメです。 全18話、5/5の昼には完結します。 他のサイトでも公開しています。

甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)

夕立悠理
恋愛
 伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。 父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。  何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。  不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。  そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。  ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。 「あなたをずっと待っていました」 「……え?」 「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」  下僕。誰が、誰の。 「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」 「!?!?!?!?!?!?」  そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。  果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...