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第7話 名指しの協力要請
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荒木田葉介。3年前、私が特級探索者としてダンジョンに潜っていた頃。一緒にパーティを組んでいた元同僚。
一般企業に勤めるかたわら、特級探索者としても活動していた苦労人だ。最後に会ってから2年だから、今は27歳だったはず。
その彼とリビングで机を挟んで相対する。なんだか昔よりくたびれてない?
いつだったかダンジョン管理局に転職してたから、昔より仕事の融通ききそうだけど。割とそうでもないんだろうか。
「それで、依頼ってなんですか?」
「はい。唐突な話ではありますが、動画配信のお仕事を頼みたいんです」
「え?動画配信?」
思いもよらないセリフが出て来て困惑する。
「ダンジョン管理局からの依頼なんじゃないの?全然関係ないじゃん」
「それが、そうでもないんです。今巷で話題になっているサラマンドラの動画、灰戸さんも知ってますよね?」
うっ、あまりその話題はききたくないんだけどな。
「知ってるけど、それがどうかしたの?」
「実はサラマンドラの他にも、Sランクモンスターが地上に向かって移動してきているんです」
思わずギョッとした。それは私も少し気にかけていた事だったから。でも、この前パトロールした時は特に危険な魔物とは出くわさなかったけど。
「それって本当なの?」
「ええ。我々の観測では、下層である50階層以降にしかSランクは生息していませんでした。ところが、2ヶ月ほど前から40台の階層にも現れ始めたんです。そして、今回サラマンドラが出没したのは32階層。こんな中層の浅い場所に出るのは、はっきり言って異常事態です」
荒木田さんは、落ち着いた口調で驚きの情報を口にする。
まさか2ヶ月も前からSランクモンスターが地上に向かう兆候があったなんて。
「一体なんでそんなことが……」
「原因は分かりませんが、とにかく今までは対応を保留していました。比較的深い40台の階層への進出に留まっていたからです。ただ、今回の事件でついに許容できないリスクと判断されました。あなたにはこの現象への対策に協力してもらいたいのです」
たしかに、30階層よりも浅い上層にSランクが出始めたら……。いえ、もしも地上に出てくるようなことになったら、多くの一般市民が危険に晒される。それを防がなきゃいけないのは分かる。分かるんだけどさ。
「ダンジョンの危険が増してて、対策しないといけないのは分かったよ。でも、やっぱりそれと動画配信って関係なくない?」
「さっき言ったサラマンドラの動画。実はあれのせいで別の問題が出てましてね」
荒木田さんはあからさまに大きく溜息をついた。
「バズったネタに便乗しようと、大勢の配信者や野次馬があのダンジョンに押し掛けてるんです。本来であればダンジョンへの入場を制限した後で、Sランクモンスターへの対策を講じればいいんですが……」
日曜日に見かけた配信者たちの集まりを思い出す。たしかに、あの人だかりは尋常ではなかった。
荒木田さんは心底めんどくさそうに首を振る。
「今入場規制すると、詰めかけた人々で地上が大混乱になるのが目に見えています。可能であれば、それは避けたい。そこで、管理局から公式に注意喚起の動画を配信し、市民には自主的に探索を控えてもらおうというわけです」
なるほどね。ようやく理解が追い付いた。ただ、それならそれでまだ腑に落ちないこともある。
「理屈は分かったけどさ。そもそもなんで私が動画配信を手伝わなきゃならないの?それだったら、もっと適任の人がいくらでもいそうだけど」
「ありていに言えば、灰戸さんがその適任者だからですよ。サラマンドラの動画に映ってるの、あなたでしょう?」
ありゃあ、やっぱバレてますか。
「そ、そうだけど。それがどうしたっていうの?」
「今回バズった動画の主役である灰戸さんが、管理局公式の動画に出演すれば間違いなく話題になります。そうなれば、注意喚起はより多くの人のもとへ届くことになる。これ以上適した人材はいないでしょう」
うぅっ、たしかに。これは反論しようもない。でも、私にだって選ぶ権利はあるはず!
「Sランク退治だったら別に協力してもいいよ?でも、動画に出ろって言うなら話は別。恥ずかしいからお断りしたいんですけど」
荒木田さんは額を人差し指でコツコツと小突いた。
「まあ、そう言うだろうなとは思ってました。さすがに今のご時世、強制はできないので今日の所は一旦引きましょう」
気になる言葉を発した荒木田さんに、ついついツッコミを入れる。
「ちょっと待って。今日の所はって言った?」
「はい。管理局の公式チャンネルに動画の拡散力なんて期待できないので、正直このプランは灰戸さん頼みなところがあります。そういう事情もあって、こちらとしても簡単には引き下がれないんです。後日また、説得に伺おうと思っています」
「えぇ……、そんなこと言われても困るんだけど」
「灰戸さんには悪いんですが、この説得は上司へのポーズでもあるんです。アリバイ作りとでも言いましょうか。1回断られたくらいで諦めたらサボるなってどやされるんですよ」
荒木田さんは後ろ頭を掻きながら、不服そうに愚痴を零す。ていうか、そんな本音交渉相手に言っちゃっていいんだろうか。
「まあ仮にこのプランが頓挫しても、最終手段としてダンジョンの封鎖に踏み切る用意はしています。なので、説得はしますがあなたに断る権利はちゃんとあります。安心してください」
安心してくださいって。でもその最終手段、全然安心できないのでは。
「それ。逆に言えば、私が断るとダンジョンが封鎖されちゃうってことじゃないの?」
「事実上、そうなりますね。安全が確保できるまで、無期限で立ち入りは禁止されるでしょう。封鎖に伴い色々と問題は起きるでしょうが、人命には代えられません。その時は責任をもってこちらでなんとかします」
マジか。私の唯一の趣味がしばらくできなくなるのもまあキツイけど、それだけじゃない。ダンジョンに関わる人たちがみんな困るやつじゃん。
「私の判断一つでそんな大事になるなんて、責任重大すぎるんですど」
「正直酷な話だなとは思いますよ。ですから、即答はしてくれなくて構いません。もちろん、断ってもダンジョンの封鎖に負い目を感じる必要はないです。悪いのは今回の異常現象そのものですから。でもまあ、もし気が変わったら引き受けてもらえると、こちらとしては助かります」
荒木田さんはお茶を最後まで飲み切って、立ち上がった。
「夜分に長話、失礼しましたね。ちなみに、今話した事は極秘情報なので内密にお願いします」
「そういうのって話す前に確認取るもんじゃないの」
「上の人間はあなたを巻き込む気満々なので、そこは諦めてもらうしかないですね。むしろ、灰戸さんはまだましですよ。自分は業務なんで拒否権なしです」
荒木田さんは自嘲気味にそう言った。職場でそうとう心身を擦り減らしているんだろう。荒木田さんも大変なんだな。
「はあ、管理局って案外ろくでもないんですね」
「ええ。社会に出る時は、真っ当な仕事に就くことをお勧めしますよ。では、今日はこれで」
荒木田さんは慣れた動きで腰を曲げて一礼すると、奥の部屋に引っ込んでたお母さんに挨拶をして玄関から出て行った。
古馴染みだから他の人よりは話しやすいけど、たくさん喋ってドッと疲れが押し寄せてくる。それにしても、恐ろしい依頼が来てしまった。
動画配信なんて絶対やりたくないけど、断るのもかなり痛い苦渋の2択。ああ、もうやだ。頭使いたくないや。
今日はさっさとお風呂入って寝よう。私は疲労困憊で、フラフラと脱衣所に向かうのだった。
一般企業に勤めるかたわら、特級探索者としても活動していた苦労人だ。最後に会ってから2年だから、今は27歳だったはず。
その彼とリビングで机を挟んで相対する。なんだか昔よりくたびれてない?
いつだったかダンジョン管理局に転職してたから、昔より仕事の融通ききそうだけど。割とそうでもないんだろうか。
「それで、依頼ってなんですか?」
「はい。唐突な話ではありますが、動画配信のお仕事を頼みたいんです」
「え?動画配信?」
思いもよらないセリフが出て来て困惑する。
「ダンジョン管理局からの依頼なんじゃないの?全然関係ないじゃん」
「それが、そうでもないんです。今巷で話題になっているサラマンドラの動画、灰戸さんも知ってますよね?」
うっ、あまりその話題はききたくないんだけどな。
「知ってるけど、それがどうかしたの?」
「実はサラマンドラの他にも、Sランクモンスターが地上に向かって移動してきているんです」
思わずギョッとした。それは私も少し気にかけていた事だったから。でも、この前パトロールした時は特に危険な魔物とは出くわさなかったけど。
「それって本当なの?」
「ええ。我々の観測では、下層である50階層以降にしかSランクは生息していませんでした。ところが、2ヶ月ほど前から40台の階層にも現れ始めたんです。そして、今回サラマンドラが出没したのは32階層。こんな中層の浅い場所に出るのは、はっきり言って異常事態です」
荒木田さんは、落ち着いた口調で驚きの情報を口にする。
まさか2ヶ月も前からSランクモンスターが地上に向かう兆候があったなんて。
「一体なんでそんなことが……」
「原因は分かりませんが、とにかく今までは対応を保留していました。比較的深い40台の階層への進出に留まっていたからです。ただ、今回の事件でついに許容できないリスクと判断されました。あなたにはこの現象への対策に協力してもらいたいのです」
たしかに、30階層よりも浅い上層にSランクが出始めたら……。いえ、もしも地上に出てくるようなことになったら、多くの一般市民が危険に晒される。それを防がなきゃいけないのは分かる。分かるんだけどさ。
「ダンジョンの危険が増してて、対策しないといけないのは分かったよ。でも、やっぱりそれと動画配信って関係なくない?」
「さっき言ったサラマンドラの動画。実はあれのせいで別の問題が出てましてね」
荒木田さんはあからさまに大きく溜息をついた。
「バズったネタに便乗しようと、大勢の配信者や野次馬があのダンジョンに押し掛けてるんです。本来であればダンジョンへの入場を制限した後で、Sランクモンスターへの対策を講じればいいんですが……」
日曜日に見かけた配信者たちの集まりを思い出す。たしかに、あの人だかりは尋常ではなかった。
荒木田さんは心底めんどくさそうに首を振る。
「今入場規制すると、詰めかけた人々で地上が大混乱になるのが目に見えています。可能であれば、それは避けたい。そこで、管理局から公式に注意喚起の動画を配信し、市民には自主的に探索を控えてもらおうというわけです」
なるほどね。ようやく理解が追い付いた。ただ、それならそれでまだ腑に落ちないこともある。
「理屈は分かったけどさ。そもそもなんで私が動画配信を手伝わなきゃならないの?それだったら、もっと適任の人がいくらでもいそうだけど」
「ありていに言えば、灰戸さんがその適任者だからですよ。サラマンドラの動画に映ってるの、あなたでしょう?」
ありゃあ、やっぱバレてますか。
「そ、そうだけど。それがどうしたっていうの?」
「今回バズった動画の主役である灰戸さんが、管理局公式の動画に出演すれば間違いなく話題になります。そうなれば、注意喚起はより多くの人のもとへ届くことになる。これ以上適した人材はいないでしょう」
うぅっ、たしかに。これは反論しようもない。でも、私にだって選ぶ権利はあるはず!
「Sランク退治だったら別に協力してもいいよ?でも、動画に出ろって言うなら話は別。恥ずかしいからお断りしたいんですけど」
荒木田さんは額を人差し指でコツコツと小突いた。
「まあ、そう言うだろうなとは思ってました。さすがに今のご時世、強制はできないので今日の所は一旦引きましょう」
気になる言葉を発した荒木田さんに、ついついツッコミを入れる。
「ちょっと待って。今日の所はって言った?」
「はい。管理局の公式チャンネルに動画の拡散力なんて期待できないので、正直このプランは灰戸さん頼みなところがあります。そういう事情もあって、こちらとしても簡単には引き下がれないんです。後日また、説得に伺おうと思っています」
「えぇ……、そんなこと言われても困るんだけど」
「灰戸さんには悪いんですが、この説得は上司へのポーズでもあるんです。アリバイ作りとでも言いましょうか。1回断られたくらいで諦めたらサボるなってどやされるんですよ」
荒木田さんは後ろ頭を掻きながら、不服そうに愚痴を零す。ていうか、そんな本音交渉相手に言っちゃっていいんだろうか。
「まあ仮にこのプランが頓挫しても、最終手段としてダンジョンの封鎖に踏み切る用意はしています。なので、説得はしますがあなたに断る権利はちゃんとあります。安心してください」
安心してくださいって。でもその最終手段、全然安心できないのでは。
「それ。逆に言えば、私が断るとダンジョンが封鎖されちゃうってことじゃないの?」
「事実上、そうなりますね。安全が確保できるまで、無期限で立ち入りは禁止されるでしょう。封鎖に伴い色々と問題は起きるでしょうが、人命には代えられません。その時は責任をもってこちらでなんとかします」
マジか。私の唯一の趣味がしばらくできなくなるのもまあキツイけど、それだけじゃない。ダンジョンに関わる人たちがみんな困るやつじゃん。
「私の判断一つでそんな大事になるなんて、責任重大すぎるんですど」
「正直酷な話だなとは思いますよ。ですから、即答はしてくれなくて構いません。もちろん、断ってもダンジョンの封鎖に負い目を感じる必要はないです。悪いのは今回の異常現象そのものですから。でもまあ、もし気が変わったら引き受けてもらえると、こちらとしては助かります」
荒木田さんはお茶を最後まで飲み切って、立ち上がった。
「夜分に長話、失礼しましたね。ちなみに、今話した事は極秘情報なので内密にお願いします」
「そういうのって話す前に確認取るもんじゃないの」
「上の人間はあなたを巻き込む気満々なので、そこは諦めてもらうしかないですね。むしろ、灰戸さんはまだましですよ。自分は業務なんで拒否権なしです」
荒木田さんは自嘲気味にそう言った。職場でそうとう心身を擦り減らしているんだろう。荒木田さんも大変なんだな。
「はあ、管理局って案外ろくでもないんですね」
「ええ。社会に出る時は、真っ当な仕事に就くことをお勧めしますよ。では、今日はこれで」
荒木田さんは慣れた動きで腰を曲げて一礼すると、奥の部屋に引っ込んでたお母さんに挨拶をして玄関から出て行った。
古馴染みだから他の人よりは話しやすいけど、たくさん喋ってドッと疲れが押し寄せてくる。それにしても、恐ろしい依頼が来てしまった。
動画配信なんて絶対やりたくないけど、断るのもかなり痛い苦渋の2択。ああ、もうやだ。頭使いたくないや。
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