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第3話 話題のダンジョン
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《灰戸亜紀視点》
サラマンドラに遭遇した次の日。
襲われていた人は無事救助隊に引き渡すことができた。これで今日からはいつも通りのダンジョン探索ライフに戻るだけ。そう思っていたのだけれど。
「うーん。やっぱり、気になる」
ダンジョンの中層には本来いないはずのSランクモンスター。
もし他にも凶悪な魔物が中層をうろついていたら、また誰かが襲われるかもしれない。
「それってかなりマズいよね」
一応、ダンジョン管理局にSランクモンスターが出現したことは伝えたから、なにかしらの対応はしてくれるはず。
ただ、現れたのはSランク。それが問題だった。
Sランクモンスターは『プライムアビリティ』を持つ探索者でなければ討伐が難しい。汎用の『スキル』しか持たない一般の探索者ではいくら束になっても勝ち目は薄いと言われるほど危険な魔物。それがSランクモンスターなのだ。
しかも、現在では『プライムアビリティ』持ちでダンジョン探索を継続してる人は、かなり希少な存在になっている。
過酷な初期のダンジョン探索で命を落としたり、あるいはトラウマを抱えて復帰できなくなったりと、理由は様々だ。
そういうわけで、Sランクを倒せる人材が明確に不足している現状。ダンジョン管理局でも、もしかすると手に余るかもしれない。
「あまり出しゃばるのは好きじゃないんだけど……」
ふと、昨日助けた少女の顔が浮かんだ。偶然居合わせただけだけど、そのお陰で私は彼女の命を救うことができた。
見てみぬふりをするのは簡単だ。でも、私ならSランク相手でも互角以上に戦える。だったら、黙って見過ごすわけにはいかないよね。
と、今朝の私はそうやって使命感に燃えていた。過去に例のない事態に遭遇して、なんとなく気持ちが高ぶっていたのかもしれない。
というわけで、この土曜は休日返上で柄にもなく人助けを意気込み、ダンジョンに潜ったのだけれど。
結果から言うと、この日は特に危険な魔物には遭遇しなかった。
趣味の探索を控えてまで、サラマンドラがいた階層を中心にひたすらパトロールしたのに、今日のダンジョンはまさに平和そのものだった。
「うへぇ、昨日のあれはいったいなんだったのよぉ」
疲れ果てて自宅に帰り、ベッドにダイブして愚痴をぶちまける。
よく考えたら、サラマンドラが出たのはまだたったの一回だけだし。
いつ現れるか分からない脅威を私みたいな一個人が未然に防ごうなんて、おこがましい考えだったのかもしれない。頬をペチペチと叩いて考えを改める。
「もーいいや、明日からは普通に探索しよっと」
今朝の決意はどこへやら。私はあっさりとパトロールの継続を放棄することにした。まあ、誰に責められるでもないし。別にこれで構わないよね。
-----
そして翌日。週末最後の休日を満喫すべく、私はダンジョンに向かった。
ところが、今日はなにやら様子がいつもと違った。
入り口付近にたくさんの人だかりができている。
しかも、集まっている人達はそれぞれが少人数のグループの集まりらしい。
各々が話し合って、なにかの準備を整えているように見える。
遠巻きにその様子を眺めていると、ビデオカメラを持った女性が仲間らしき男性に合図を送った。すると……。
「はいどうもー!キーやんチャンネルにお越しの皆さん!こんにちは、こんばんは、おはようございまーす!キーやんでーす!」
カメラを向けられた男性が、急に大声でしゃべり始めた。
なになに!?怖い!いったいなにごとなの!?
「ということでね!今日は噂のダンジョン、『サイト21』に潜って行こうとー思いまぁす!さぁ、どんな高ランクモンスターに出会えるのか楽しみですねー。では早速行ってみましょー!」
謎のトークが一区切りしたと思ったら、撮影者と一緒にその男性はダンジョンに入っていった。
その一部始終を目にして、ようやく彼らが何者なのか察しがついた。
「この人たち、もしかしてダンジョン配信者?」
集まった人たちはどうも順番待ちをしていたようで。次々とお決まりの挨拶を撮影して、どんどんダンジョンの中に入っていく。
マジかー。本物の配信者なんて初めて見た。私のようなコミュ障人間には一生縁がない職業の方々。
でも、なんでこんなにたくさんの配信者がこのダンジョンに?
状況は理解できたものの、なぜこんなことになっているのかは皆目見当がつかない。私が困惑して棒立ちになっていたその時だ。
「こんにちは。君、よくここに来てる探索者さんだよね」
突然声を掛けられて心臓が止まるかと思った。パッと振り返ると、そこにいたのはダンジョン管理局の職員さんだった。なんなら顔にも見覚えがある。たしか、いつも入り口にいる警備員のおじさんだ。
「はっ、はいっ!あのっ、いつも警備ご苦労様です!」
棒読みでカクカクと固いお辞儀をした私に向けて、警備員さんは人のよさそうな笑顔を浮かべた。
「ははっ、ご丁寧にどうも。しかし、君もよくないタイミングで来ちゃったねー」
警備員さんはそう言って、配信者グループがいる辺りを見回した。
「あ、あのぉ。なにかあったんですか?」
おそるおそる尋ねてみると、おじさんは待ってましたと言わんばかりに素早くこちらを向く。
「おじさんも詳しくはないんだけどね?インターネットでこのダンジョンが話題になっているみたいなんだよ。それで、近頃流行りの配信者の人が押しかけてきちゃっててね。困ったものさ」
「は、はぁ。話題って、事件とかですか?」
正直ネットには疎い方だからあまりピンと来ていない。配信者がこぞって集まるような話題とはいったいなんだろう。
「はは、おじさんも実はそこまでは知らないんだよー」
って、知らないんかいっ!思わず心の中でツッコミを入れてしまう。
「まあ、とにかくそういうわけで。今はビデオカメラ持った人がたくさんいるから、中に入るなら不用意に関わらない方が良いかもね。顔を撮られちゃうかもしれないから」
「な、なるほど。教えてくださってどうもありがとうございます」
結局原因は分からなかったけど、とりあずお礼を言う。おじさんは「気をつけるんだよ」と一言付け加えて持ち場に戻っていった。
「うーん。どうしよう」
ここまでダンジョンが混雑してる所なんて初めて見る。それに、この人たちはみんな配信者。おじさんも言っていたけど、私にとっては一番関わりたくない人たちだ。
万が一にでも、カメラを向けられて話を振られたりしたら、私の事だから緊張で心停止してしまうかもしれない。
一瞬、その状況を想像してしまってめまいに襲われる。
目の前の人と話すだけも息ができなくなりそうなのに、ネットに配信されて大勢の人に見られるかもしれないなんて、あまりにもショッキング過ぎる。
どんなに強いモンスターとの戦闘よりも、人々の視線にさらされる方が断然恐ろしい。
「……やっぱり今日はやめておこう」
私は即Uターンして、自宅へと引き返した。
帰宅しながら、ダンジョンに行けない日が続くのはちょっと嫌だなーと漠然と考える。でも、ネットで一時的に話題になっているだけなら、しばらくすればきっとほとぼりも冷めるだろう。
この時の私はそんな風になんとなく事態を軽く見ていた。
ところが、私は翌日思い知らされることになる。
この目算が大きな間違いだったことを――。
サラマンドラに遭遇した次の日。
襲われていた人は無事救助隊に引き渡すことができた。これで今日からはいつも通りのダンジョン探索ライフに戻るだけ。そう思っていたのだけれど。
「うーん。やっぱり、気になる」
ダンジョンの中層には本来いないはずのSランクモンスター。
もし他にも凶悪な魔物が中層をうろついていたら、また誰かが襲われるかもしれない。
「それってかなりマズいよね」
一応、ダンジョン管理局にSランクモンスターが出現したことは伝えたから、なにかしらの対応はしてくれるはず。
ただ、現れたのはSランク。それが問題だった。
Sランクモンスターは『プライムアビリティ』を持つ探索者でなければ討伐が難しい。汎用の『スキル』しか持たない一般の探索者ではいくら束になっても勝ち目は薄いと言われるほど危険な魔物。それがSランクモンスターなのだ。
しかも、現在では『プライムアビリティ』持ちでダンジョン探索を継続してる人は、かなり希少な存在になっている。
過酷な初期のダンジョン探索で命を落としたり、あるいはトラウマを抱えて復帰できなくなったりと、理由は様々だ。
そういうわけで、Sランクを倒せる人材が明確に不足している現状。ダンジョン管理局でも、もしかすると手に余るかもしれない。
「あまり出しゃばるのは好きじゃないんだけど……」
ふと、昨日助けた少女の顔が浮かんだ。偶然居合わせただけだけど、そのお陰で私は彼女の命を救うことができた。
見てみぬふりをするのは簡単だ。でも、私ならSランク相手でも互角以上に戦える。だったら、黙って見過ごすわけにはいかないよね。
と、今朝の私はそうやって使命感に燃えていた。過去に例のない事態に遭遇して、なんとなく気持ちが高ぶっていたのかもしれない。
というわけで、この土曜は休日返上で柄にもなく人助けを意気込み、ダンジョンに潜ったのだけれど。
結果から言うと、この日は特に危険な魔物には遭遇しなかった。
趣味の探索を控えてまで、サラマンドラがいた階層を中心にひたすらパトロールしたのに、今日のダンジョンはまさに平和そのものだった。
「うへぇ、昨日のあれはいったいなんだったのよぉ」
疲れ果てて自宅に帰り、ベッドにダイブして愚痴をぶちまける。
よく考えたら、サラマンドラが出たのはまだたったの一回だけだし。
いつ現れるか分からない脅威を私みたいな一個人が未然に防ごうなんて、おこがましい考えだったのかもしれない。頬をペチペチと叩いて考えを改める。
「もーいいや、明日からは普通に探索しよっと」
今朝の決意はどこへやら。私はあっさりとパトロールの継続を放棄することにした。まあ、誰に責められるでもないし。別にこれで構わないよね。
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そして翌日。週末最後の休日を満喫すべく、私はダンジョンに向かった。
ところが、今日はなにやら様子がいつもと違った。
入り口付近にたくさんの人だかりができている。
しかも、集まっている人達はそれぞれが少人数のグループの集まりらしい。
各々が話し合って、なにかの準備を整えているように見える。
遠巻きにその様子を眺めていると、ビデオカメラを持った女性が仲間らしき男性に合図を送った。すると……。
「はいどうもー!キーやんチャンネルにお越しの皆さん!こんにちは、こんばんは、おはようございまーす!キーやんでーす!」
カメラを向けられた男性が、急に大声でしゃべり始めた。
なになに!?怖い!いったいなにごとなの!?
「ということでね!今日は噂のダンジョン、『サイト21』に潜って行こうとー思いまぁす!さぁ、どんな高ランクモンスターに出会えるのか楽しみですねー。では早速行ってみましょー!」
謎のトークが一区切りしたと思ったら、撮影者と一緒にその男性はダンジョンに入っていった。
その一部始終を目にして、ようやく彼らが何者なのか察しがついた。
「この人たち、もしかしてダンジョン配信者?」
集まった人たちはどうも順番待ちをしていたようで。次々とお決まりの挨拶を撮影して、どんどんダンジョンの中に入っていく。
マジかー。本物の配信者なんて初めて見た。私のようなコミュ障人間には一生縁がない職業の方々。
でも、なんでこんなにたくさんの配信者がこのダンジョンに?
状況は理解できたものの、なぜこんなことになっているのかは皆目見当がつかない。私が困惑して棒立ちになっていたその時だ。
「こんにちは。君、よくここに来てる探索者さんだよね」
突然声を掛けられて心臓が止まるかと思った。パッと振り返ると、そこにいたのはダンジョン管理局の職員さんだった。なんなら顔にも見覚えがある。たしか、いつも入り口にいる警備員のおじさんだ。
「はっ、はいっ!あのっ、いつも警備ご苦労様です!」
棒読みでカクカクと固いお辞儀をした私に向けて、警備員さんは人のよさそうな笑顔を浮かべた。
「ははっ、ご丁寧にどうも。しかし、君もよくないタイミングで来ちゃったねー」
警備員さんはそう言って、配信者グループがいる辺りを見回した。
「あ、あのぉ。なにかあったんですか?」
おそるおそる尋ねてみると、おじさんは待ってましたと言わんばかりに素早くこちらを向く。
「おじさんも詳しくはないんだけどね?インターネットでこのダンジョンが話題になっているみたいなんだよ。それで、近頃流行りの配信者の人が押しかけてきちゃっててね。困ったものさ」
「は、はぁ。話題って、事件とかですか?」
正直ネットには疎い方だからあまりピンと来ていない。配信者がこぞって集まるような話題とはいったいなんだろう。
「はは、おじさんも実はそこまでは知らないんだよー」
って、知らないんかいっ!思わず心の中でツッコミを入れてしまう。
「まあ、とにかくそういうわけで。今はビデオカメラ持った人がたくさんいるから、中に入るなら不用意に関わらない方が良いかもね。顔を撮られちゃうかもしれないから」
「な、なるほど。教えてくださってどうもありがとうございます」
結局原因は分からなかったけど、とりあずお礼を言う。おじさんは「気をつけるんだよ」と一言付け加えて持ち場に戻っていった。
「うーん。どうしよう」
ここまでダンジョンが混雑してる所なんて初めて見る。それに、この人たちはみんな配信者。おじさんも言っていたけど、私にとっては一番関わりたくない人たちだ。
万が一にでも、カメラを向けられて話を振られたりしたら、私の事だから緊張で心停止してしまうかもしれない。
一瞬、その状況を想像してしまってめまいに襲われる。
目の前の人と話すだけも息ができなくなりそうなのに、ネットに配信されて大勢の人に見られるかもしれないなんて、あまりにもショッキング過ぎる。
どんなに強いモンスターとの戦闘よりも、人々の視線にさらされる方が断然恐ろしい。
「……やっぱり今日はやめておこう」
私は即Uターンして、自宅へと引き返した。
帰宅しながら、ダンジョンに行けない日が続くのはちょっと嫌だなーと漠然と考える。でも、ネットで一時的に話題になっているだけなら、しばらくすればきっとほとぼりも冷めるだろう。
この時の私はそんな風になんとなく事態を軽く見ていた。
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