上 下
3 / 32

第3話 話題のダンジョン

しおりを挟む
《灰戸亜紀視点》
 
 サラマンドラに遭遇した次の日。

 襲われていた人は無事救助隊に引き渡すことができた。これで今日からはいつも通りのダンジョン探索ライフに戻るだけ。そう思っていたのだけれど。

「うーん。やっぱり、気になる」

 ダンジョンの中層には本来いないはずのSランクモンスター。
 もし他にも凶悪な魔物が中層をうろついていたら、また誰かが襲われるかもしれない。

「それってかなりマズいよね」

 一応、ダンジョン管理局にSランクモンスターが出現したことは伝えたから、なにかしらの対応はしてくれるはず。

 ただ、現れたのはSランク。それが問題だった。

 Sランクモンスターは『プライムアビリティ』を持つ探索者でなければ討伐が難しい。汎用の『スキル』しか持たない一般の探索者ではいくら束になっても勝ち目は薄いと言われるほど危険な魔物。それがSランクモンスターなのだ。

 しかも、現在では『プライムアビリティ』持ちでダンジョン探索を継続してる人は、かなり希少な存在になっている。
 過酷な初期のダンジョン探索で命を落としたり、あるいはトラウマを抱えて復帰できなくなったりと、理由は様々だ。

 そういうわけで、Sランクを倒せる人材が明確に不足している現状。ダンジョン管理局でも、もしかすると手に余るかもしれない。

「あまり出しゃばるのは好きじゃないんだけど……」

 ふと、昨日助けた少女の顔が浮かんだ。偶然居合わせただけだけど、そのお陰で私は彼女の命を救うことができた。

 見てみぬふりをするのは簡単だ。でも、私ならSランク相手でも互角以上に戦える。だったら、黙って見過ごすわけにはいかないよね。

 と、今朝の私はそうやって使命感に燃えていた。過去に例のない事態に遭遇して、なんとなく気持ちが高ぶっていたのかもしれない。
 というわけで、この土曜は休日返上で柄にもなく人助けを意気込み、ダンジョンに潜ったのだけれど。

 結果から言うと、この日は特に危険な魔物には遭遇しなかった。

 趣味の探索を控えてまで、サラマンドラがいた階層を中心にひたすらパトロールしたのに、今日のダンジョンはまさに平和そのものだった。

「うへぇ、昨日のあれはいったいなんだったのよぉ」

 疲れ果てて自宅に帰り、ベッドにダイブして愚痴をぶちまける。
 よく考えたら、サラマンドラが出たのはまだたったの一回だけだし。

 いつ現れるか分からない脅威を私みたいな一個人が未然に防ごうなんて、おこがましい考えだったのかもしれない。頬をペチペチと叩いて考えを改める。

「もーいいや、明日からは普通に探索しよっと」

 今朝の決意はどこへやら。私はあっさりとパトロールの継続を放棄することにした。まあ、誰に責められるでもないし。別にこれで構わないよね。


 -----


 そして翌日。週末最後の休日を満喫すべく、私はダンジョンに向かった。
 ところが、今日はなにやら様子がいつもと違った。

 入り口付近にたくさんの人だかりができている。

 しかも、集まっている人達はそれぞれが少人数のグループの集まりらしい。
 各々が話し合って、なにかの準備を整えているように見える。

 遠巻きにその様子を眺めていると、ビデオカメラを持った女性が仲間らしき男性に合図を送った。すると……。

「はいどうもー!キーやんチャンネルにお越しの皆さん!こんにちは、こんばんは、おはようございまーす!キーやんでーす!」

 カメラを向けられた男性が、急に大声でしゃべり始めた。
 なになに!?怖い!いったいなにごとなの!?

「ということでね!今日は噂のダンジョン、『サイト21』に潜って行こうとー思いまぁす!さぁ、どんな高ランクモンスターに出会えるのか楽しみですねー。では早速行ってみましょー!」

 謎のトークが一区切りしたと思ったら、撮影者と一緒にその男性はダンジョンに入っていった。
 その一部始終を目にして、ようやく彼らが何者なのか察しがついた。

「この人たち、もしかしてダンジョン配信者?」

 集まった人たちはどうも順番待ちをしていたようで。次々とお決まりの挨拶を撮影して、どんどんダンジョンの中に入っていく。

 マジかー。本物の配信者なんて初めて見た。私のようなコミュ障人間には一生縁がない職業の方々。

 でも、なんでこんなにたくさんの配信者がこのダンジョンに?

 状況は理解できたものの、なぜこんなことになっているのかは皆目見当がつかない。私が困惑して棒立ちになっていたその時だ。

「こんにちは。君、よくここに来てる探索者さんだよね」

 突然声を掛けられて心臓が止まるかと思った。パッと振り返ると、そこにいたのはダンジョン管理局の職員さんだった。なんなら顔にも見覚えがある。たしか、いつも入り口にいる警備員のおじさんだ。

「はっ、はいっ!あのっ、いつも警備ご苦労様です!」

 棒読みでカクカクと固いお辞儀をした私に向けて、警備員さんは人のよさそうな笑顔を浮かべた。

「ははっ、ご丁寧にどうも。しかし、君もよくないタイミングで来ちゃったねー」

 警備員さんはそう言って、配信者グループがいる辺りを見回した。

「あ、あのぉ。なにかあったんですか?」

 おそるおそる尋ねてみると、おじさんは待ってましたと言わんばかりに素早くこちらを向く。

「おじさんも詳しくはないんだけどね?インターネットでこのダンジョンが話題になっているみたいなんだよ。それで、近頃流行りの配信者の人が押しかけてきちゃっててね。困ったものさ」

「は、はぁ。話題って、事件とかですか?」

 正直ネットには疎い方だからあまりピンと来ていない。配信者がこぞって集まるような話題とはいったいなんだろう。

「はは、おじさんも実はそこまでは知らないんだよー」

 って、知らないんかいっ!思わず心の中でツッコミを入れてしまう。

「まあ、とにかくそういうわけで。今はビデオカメラ持った人がたくさんいるから、中に入るなら不用意に関わらない方が良いかもね。顔を撮られちゃうかもしれないから」

「な、なるほど。教えてくださってどうもありがとうございます」

 結局原因は分からなかったけど、とりあずお礼を言う。おじさんは「気をつけるんだよ」と一言付け加えて持ち場に戻っていった。

 「うーん。どうしよう」

 ここまでダンジョンが混雑してる所なんて初めて見る。それに、この人たちはみんな配信者。おじさんも言っていたけど、私にとっては一番関わりたくない人たちだ。

 万が一にでも、カメラを向けられて話を振られたりしたら、私の事だから緊張で心停止してしまうかもしれない。

 一瞬、その状況を想像してしまってめまいに襲われる。

 目の前の人と話すだけも息ができなくなりそうなのに、ネットに配信されて大勢の人に見られるかもしれないなんて、あまりにもショッキング過ぎる。

 どんなに強いモンスターとの戦闘よりも、人々の視線にさらされる方が断然恐ろしい。

「……やっぱり今日はやめておこう」

 私は即Uターンして、自宅へと引き返した。

 帰宅しながら、ダンジョンに行けない日が続くのはちょっと嫌だなーと漠然と考える。でも、ネットで一時的に話題になっているだけなら、しばらくすればきっとほとぼりも冷めるだろう。

 この時の私はそんな風になんとなく事態を軽く見ていた。

 ところが、私は翌日思い知らされることになる。
 この目算が大きな間違いだったことを――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】小さなフェンリルを拾ったので、脱サラして配信者になります~強さも可愛さも無双するモフモフがバズりまくってます。目指せスローライフ!〜

むらくも航
ファンタジー
ブラック企業で働き、心身が疲労している『低目野やすひろ』。彼は苦痛の日々に、とにかく“癒し”を求めていた。 そんな時、やすひろは深夜の夜道で小犬のような魔物を見つける。これが求めていた癒しだと思った彼は、小犬を飼うことを決めたのだが、実は小犬の正体は伝説の魔物『フェンリル』だったらしい。 それをきっかけに、エリートの友達に誘われ配信者を始めるやすひろ。結果、強さでも無双、可愛さでも無双するフェンリルは瞬く間にバズっていき、やすひろはある決断をして……? のんびりほのぼのとした現代スローライフです。 他サイトにも掲載中。

追放されたら無能スキルで無双する

ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。 見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。 僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。 咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。 僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~

むらくも航
ファンタジー
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。 ☆10/25からは、毎日18時に更新予定!

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン生活10年目にして配信者になることになった男の話

天野 星屑
ファンタジー
突如地上に出現したダンジョン。中では現代兵器が使用できず、ダンジョンに踏み込んだ人々は、ダンジョンに初めて入ることで発現する魔法などのスキルと、剣や弓といった原始的な武器で、ダンジョンの環境とモンスターに立ち向かい、その奥底を目指すことになった。 その出現からはや10年。ダンジョン探索者という職業が出現し、ダンジョンは身近な異世界となり。ダンジョン内の様子を外に配信する配信者達によってダンジョンへの過度なおそれも減った現在。 ダンジョン内で生活し、10年間一度も地上に帰っていなかった男が、とある事件から配信者達と関わり、己もダンジョン内の様子を配信することを決意する。 10年間のダンジョン生活。世界の誰よりも豊富な知識と。世界の誰よりも長けた戦闘技術によってダンジョンの様子を明らかにする男は、配信を通して、やがて、世界に大きな動きを生み出していくのだった。 *本作は、ダンジョン籠もりによって強くなった男が、配信を通して地上の人たちや他の配信者達と関わっていくことと、ダンジョン内での世界の描写を主としています *配信とは言いますが、序盤はいわゆるキャンプ配信とかブッシュクラフト、旅動画みたいな感じが多いです。のちのち他の配信者と本格的に関わっていくときに、一般的なコラボ配信などをします *主人公と他の探索者(配信者含む)の差は、後者が1~4まで到達しているのに対して、前者は100を越えていることから推察ください。 *主人公はダンジョン引きこもりガチ勢なので、あまり地上に出たがっていません

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

処理中です...