神鳥を殺したのは誰か?

鳩子

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第七章 吉報

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 神鳥殺しの犯人――――。

 太極殿は、耳が痛くなるほどの静寂で静まりかえっていた。

「この件については、ちんが調べていたから、朕がみずから報告しよう」

 皇帝は、得意げに語り出す。手を鳴らすと、太極殿に連れてこられたのは、灑洛れいらくの侍女である鳴鈴めいりんだった。

「この娘は、ねい修華しゅうかの侍女だ。この侍女が、犯人に繋がる証拠を持っている。もっとも、この鳴鈴は、これが証拠の品だとは知らなかったようだがね」

 鳴鈴は、皇帝に合図されて、静かに玉座へと進み出た。

きん鳴鈴めいりん。……証拠の品を差し出しなさい」

 皇帝に命じられ、鳴鈴は、『証拠の品』を、いん太監たいかんへと手渡した。そして、尹太監は、その品を、皇帝へと渡す。

 皇帝は、『証拠の品』を手に取った。そして太極殿の明かりに透かしてみるようにして検分する。

「鳴鈴。そなたは、これがなんだか解るかい?」

「多分、爪飾りだと思います」

「おまえは、これをどうやって手に入れた? どこかから、盗み出したのではないだろうね」

 皇帝の嫌な聞き方に「違います!」と鳴鈴は叫んでいた。「私と、皇太子殿下は、あの日、神鳥が殺された日、神鳥の姿が見えないことを訝って、東宮を探していたのです。私は、夢月むげつ殿の周りを探していました。丁度その頃、夢月むげつ殿のあたりに、酷く、悪戯をされていたので、神鳥も……酷い目に遭っているのではないかと思ったからです。そうしたら、そこで、その爪飾りを見つけました。主のものではありませんでしたので、そのまま拾って、忘れていたのです」

「灑洛のものではないのだね?」

「はい。主はが好むのは、珊瑚の爪飾りです。そのように毒々しい爪飾りは、身につけません」

 きっぱりと、鳴鈴は断言する。

ちんは―――」と皇帝は呟いた。「この爪の持ち主を知って居る」

 皇帝の視線は、祁貴嬪へと向けられていた。

「わ、わらわでは、ありませんわ! そんなものは、妾は剥がれたら捨てておりますもの。いくらでもありますわ! 誰でも盗みだせる!」

 祁貴嬪が立ち上がって、訴える。だが、皇帝は、静かにいうだけだった。

「あなたの物だという証拠はあるが、あなたの所から盗み出されたという証拠はない。異論があるのならば、あなたは、夢月むげつ殿に、一切の危害を加えていないことを誓わなければならないが―――祁貴嬪。あなたにそれは出来ないだろう」

「そ、それは……そうです。確かに、妾が、ねい修華しゅうかの殿舎だった夢月むげつ殿に汚物をぶちまけ、淫猥な姿絵を貼らせました。ですが、神鳥殺しには、全く心当たりがありません」

「……済まないね、祁貴嬪。朕の密偵から話を聞こうか」

 皇帝が手を打つと、太極殿に『密偵』が連れてこられた。密偵の姿を見て、祁貴嬪が目を剥く。

史玉しぎょく………お前が密偵だったの?」

 祁貴嬪の声が掠れていた。

「最初から密偵だったわけではないよ。ただね。朕を弑逆しいぎゃくする計画を知って、怖ろしくなったらしくてね。朕の密偵代わりに動いて貰うようになったんだよ。
 朕は史玉から聞いたよ。『神鳥が死ぬようなことがあれば』などと言って居たそうだね。だからこそ、朕は、七月七日の宴に、神鳥を連れさせなかった」

 祁貴嬪が、唇を噛みしめた。きつく握った拳が、わなわなと震えている。

「妾は、可能性の話をしただけだわ!」

「だが、そなたは、朕が、灑洛を手に入れたことを知って、自身の地位が脅かされると思ったのだろう? ……そして、なんの罪もない神鳥を手に掛けたのだ。その時に、落としたのだろうね、その爪は」

 祁貴嬪は、崩れ落ちた。そこへ、刑吏がやってきて、祁貴嬪を立たせると、玉座の前へ連行した。

「史玉! 許さないわよっ!」

「お許し下さい。私は、……皇帝陛下に逆らうなど、とても怖ろしくて……」

 床に崩れて泣きわめく史玉と、両腕を掴まれた祁貴嬪、そして鳴鈴が玉座の前に並ぶ。

「史玉。あなたは、いまからねい修華しゅうかに仕えなさい。鳴鈴と共に、仲良くねい修華しゅうかを支えるように」

 鳴鈴と史玉は、「皇恩に感謝いたします」と受けて一礼をしながら、太極殿を去った。おそらく、灑洛が賜った殿舎、『銀晶ぎんしょう殿』へと向かったのだろう。

 一人残された祁貴嬪は、あらん限りの罵詈雑言を吐き続けていて、見苦しいことこの上なかった。

「そなたが、もう少し、立派な……後宮の第一位の妃としての振る舞いをしていたら、……もうすこし、恩所を賭けても良かったが。そなたの性根は、おそらく死んでも治らないだろうね」

 皇帝の諦め混じりの声が、太極殿を満たす。祁貴嬪は錯乱して、皇帝を呪い続けていたので、おそらく聞いていない。髪を振り乱し刑吏の腕を振り払おうともがく祁貴嬪は、誰の目から見ても、高位の妃嬪には見えなかった。

「では、神鳥殺しの沙汰を下そう。……紅淑こうしゅく並びに、共犯の僕射ぼくやは凌遅刑。祁家には族滅を言い渡す。重陽の宴が終わり次第、祁家の粛正をはじめよう」

 最初に沙汰されていたよりも、ずっと重い刑が下された。

 さすがに、その内容は、聞こえていたらしく、祁貴嬪が―――祁紅淑が、目を見開いた。

「なぜ、今まで精一杯お仕えしてきた妾に対して、どうして、こんな酷い仕打ちが出来ますの! ああ、呪われよ、汚らわしい交わりをした皇帝と、濘灑洛よ、呪われば良いっ!」

 祁貴嬪の哄笑が、太極殿を満たす中、皇帝は、汚物でも見るような顔をして「その痴れ者を早くつまみ出せ」と一言命じて終わった。

 かくて、『神鳥殺し』の一件は、幕を下ろしたのだった。
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