72 / 74
第七章 吉報
14
しおりを挟む神鳥殺しの犯人――――。
太極殿は、耳が痛くなるほどの静寂で静まりかえっていた。
「この件については、朕が調べていたから、朕がみずから報告しよう」
皇帝は、得意げに語り出す。手を鳴らすと、太極殿に連れてこられたのは、灑洛の侍女である鳴鈴だった。
「この娘は、濘修華の侍女だ。この侍女が、犯人に繋がる証拠を持っている。もっとも、この鳴鈴は、これが証拠の品だとは知らなかったようだがね」
鳴鈴は、皇帝に合図されて、静かに玉座へと進み出た。
「琴鳴鈴。……証拠の品を差し出しなさい」
皇帝に命じられ、鳴鈴は、『証拠の品』を、尹太監へと手渡した。そして、尹太監は、その品を、皇帝へと渡す。
皇帝は、『証拠の品』を手に取った。そして太極殿の明かりに透かしてみるようにして検分する。
「鳴鈴。そなたは、これがなんだか解るかい?」
「多分、爪飾りだと思います」
「おまえは、これをどうやって手に入れた? どこかから、盗み出したのではないだろうね」
皇帝の嫌な聞き方に「違います!」と鳴鈴は叫んでいた。「私と、皇太子殿下は、あの日、神鳥が殺された日、神鳥の姿が見えないことを訝って、東宮を探していたのです。私は、夢月殿の周りを探していました。丁度その頃、夢月殿のあたりに、酷く、悪戯をされていたので、神鳥も……酷い目に遭っているのではないかと思ったからです。そうしたら、そこで、その爪飾りを見つけました。主のものではありませんでしたので、そのまま拾って、忘れていたのです」
「灑洛のものではないのだね?」
「はい。主はが好むのは、珊瑚の爪飾りです。そのように毒々しい爪飾りは、身につけません」
きっぱりと、鳴鈴は断言する。
「朕は―――」と皇帝は呟いた。「この爪の持ち主を知って居る」
皇帝の視線は、祁貴嬪へと向けられていた。
「わ、妾では、ありませんわ! そんなものは、妾は剥がれたら捨てておりますもの。いくらでもありますわ! 誰でも盗みだせる!」
祁貴嬪が立ち上がって、訴える。だが、皇帝は、静かにいうだけだった。
「あなたの物だという証拠はあるが、あなたの所から盗み出されたという証拠はない。異論があるのならば、あなたは、夢月殿に、一切の危害を加えていないことを誓わなければならないが―――祁貴嬪。あなたにそれは出来ないだろう」
「そ、それは……そうです。確かに、妾が、濘修華の殿舎だった夢月殿に汚物をぶちまけ、淫猥な姿絵を貼らせました。ですが、神鳥殺しには、全く心当たりがありません」
「……済まないね、祁貴嬪。朕の密偵から話を聞こうか」
皇帝が手を打つと、太極殿に『密偵』が連れてこられた。密偵の姿を見て、祁貴嬪が目を剥く。
「史玉………お前が密偵だったの?」
祁貴嬪の声が掠れていた。
「最初から密偵だったわけではないよ。ただね。朕を弑逆する計画を知って、怖ろしくなったらしくてね。朕の密偵代わりに動いて貰うようになったんだよ。
朕は史玉から聞いたよ。『神鳥が死ぬようなことがあれば』などと言って居たそうだね。だからこそ、朕は、七月七日の宴に、神鳥を連れさせなかった」
祁貴嬪が、唇を噛みしめた。きつく握った拳が、わなわなと震えている。
「妾は、可能性の話をしただけだわ!」
「だが、そなたは、朕が、灑洛を手に入れたことを知って、自身の地位が脅かされると思ったのだろう? ……そして、なんの罪もない神鳥を手に掛けたのだ。その時に、落としたのだろうね、その爪は」
祁貴嬪は、崩れ落ちた。そこへ、刑吏がやってきて、祁貴嬪を立たせると、玉座の前へ連行した。
「史玉! 許さないわよっ!」
「お許し下さい。私は、……皇帝陛下に逆らうなど、とても怖ろしくて……」
床に崩れて泣きわめく史玉と、両腕を掴まれた祁貴嬪、そして鳴鈴が玉座の前に並ぶ。
「史玉。あなたは、いまから濘修華に仕えなさい。鳴鈴と共に、仲良く濘修華を支えるように」
鳴鈴と史玉は、「皇恩に感謝いたします」と受けて一礼をしながら、太極殿を去った。おそらく、灑洛が賜った殿舎、『銀晶殿』へと向かったのだろう。
一人残された祁貴嬪は、あらん限りの罵詈雑言を吐き続けていて、見苦しいことこの上なかった。
「そなたが、もう少し、立派な……後宮の第一位の妃としての振る舞いをしていたら、……もうすこし、恩所を賭けても良かったが。そなたの性根は、おそらく死んでも治らないだろうね」
皇帝の諦め混じりの声が、太極殿を満たす。祁貴嬪は錯乱して、皇帝を呪い続けていたので、おそらく聞いていない。髪を振り乱し刑吏の腕を振り払おうともがく祁貴嬪は、誰の目から見ても、高位の妃嬪には見えなかった。
「では、神鳥殺しの沙汰を下そう。……祁紅淑並びに、共犯の祁僕射は凌遅刑。祁家には族滅を言い渡す。重陽の宴が終わり次第、祁家の粛正をはじめよう」
最初に沙汰されていたよりも、ずっと重い刑が下された。
さすがに、その内容は、聞こえていたらしく、祁貴嬪が―――祁紅淑が、目を見開いた。
「なぜ、今まで精一杯お仕えしてきた妾に対して、どうして、こんな酷い仕打ちが出来ますの! ああ、呪われよ、汚らわしい交わりをした皇帝と、濘灑洛よ、呪われば良いっ!」
祁貴嬪の哄笑が、太極殿を満たす中、皇帝は、汚物でも見るような顔をして「その痴れ者を早くつまみ出せ」と一言命じて終わった。
かくて、『神鳥殺し』の一件は、幕を下ろしたのだった。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
ボロボロになった心
空宇海
恋愛
付き合ってそろそろ3年の彼氏が居る
彼氏は浮気して謝っての繰り返し
もう、私の心が限界だった。
心がボロボロで
もう、疲れたよ…
彼のためにって思ってやってきたのに…
それが、彼を苦しめてた。
だからさよなら…
私はまた、懲りずに新しい恋をした
※初めから書きなおしました。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる