神鳥を殺したのは誰か?

鳩子

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第六章 天譴

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 ―――天譴てんけん――――という言葉がある。


 皇太子が、死んだ神鳥の為に荘厳な廟堂を建てて弔いを行うらしい―――。


 これが最初にゆう帝国の首都であるしんに流れた噂であった。出所は、皇太子に雇われた大工だったので、信憑性を帯びた。

『神鳥が殺されただって!』

 今まで、民は、皇帝の作り出した繁栄を疑わなかったし、これが天帝の加護を受けて永遠に続いていくのだという漠然とした楽観があった。そこに、俄に影を落としたのだ。

 まるで―――澄み切った水甕みずがめに、墨を一滴流し込んだように。

 そして、民達は思い出す。

 三月に妃を迎えたばかりの、皇太子。この妃は、名門、『ねい氏』令嬢であり、最近、この妃について噂があった。



 ―――毒婦灑洛れいらくは、皇太子と皇帝を牀褥しょうじょくに招き、父子三人で戯れている……。



 噂が流れたとき、しんの民達は、それを信じなかった。だがしかし、いま、神鳥が殺され、皇太子が廟堂を建てているということを鑑みると、どうにも、おかしなことだ。これは本当の事だったのではないか……? と勘ぐりはじめる。

 そんな中で、『いや、真相は違うらしい』という別の噂が立ちはじめる。


 まず、皇帝は、皇太子妃として嫁いできた、ねい灑洛れいらくに一目惚れをして、歓心かんしんを買うためという愚かしい理由で、神鳥を下賜したらしい。

 皇帝の横恋慕は続き、濘灑洛は困り果てていたらしいが、皇帝に脅され――これは従わない場合は、皇太子を殺すというものだ――仕方がなく、寝所に通うということだった。

 そんな折、神鳥の死体が見つかった……というのが、真相で、皇帝の暴虐に苦しんでいるのは皇太子妃、濘灑洛であり、皇太子だということだった。

 この、なんとも詳細な噂は、皇宮に出入りするものたちが言うことなので、確かだという。

 しかも、皇太子妃は、皇太子と幼いころに知り合って、人知れず恋をはぐくんできた幸せの絶頂に、父帝の暴虐によりその花を散らされたといのだから、しんの噂高い女達の格好の話の種になった。

 悲劇の皇太子妃――――である。この物語は、詩文が作られ、音楽が付されて、あっという間に、美貌の皇太子妃の姿絵と共にゆう帝国に広まったのだった。

 神鳥が死んだことは、不幸のはじまりのようだという者もいたが、絶世の美姫の悲劇の前に、現実的な不安は消し飛んでいた。




 そんな最中、折り悪く、しんから北へ二十里ほど行った所にある、紅江こうこうという川が決壊して、近隣の町や村が流されるという災害があった。

 八月十五日の名月の夜に怒った嵐の為である。

 この夏の嵐は、游帝国のあちこちに爪痕を残して、河川の氾濫、橋や家屋の流出などを招いたのである。

 実はこの日、皇宮に於いても、多少の被害があった。

 掖庭えきてい宮の『玄溟げんめい殿』に雷が落ち、一気に炎上した。目撃したものによれば、雷は、天から一直線に玄溟げんめい殿のてっぺんを彩る宝塔に落ち、瞬く間に炎上させたということだ。

 嵐は、止む気配はなかった。三日三晩続いた嵐が止んだ日、皇宮では、ある出来事があった。

 皇太子と、皇太子妃が、神鳥の弔いの為に、立派な白亜の廟堂を建て、道士や僧侶などを招いて懇ろに弔ったと言うことである。神鳥の遺体は、丁寧に荼毘にふされて、翡翠で作られた棺に入れられたということである。

 遺品となった黄金の枝などが廟堂に飾られ、名工に酔って描かれた姿絵が掛けられ、毎日、皇太子妃から、生前神鳥が好んで居た茶が手向けられるということだった。




 嵐は起きた。

 ――――天帝が皇帝に激怒した為、町や村が流され、人民に被害が及んだのだ。

 ――――天帝が皇帝に激怒した為、汚らわしい愛欲の場所となった『玄溟げんめい殿』に真っ直ぐと落ちたのだ。

 嵐は止んだ。

 ――――皇太子とその妃が、神鳥の弔いを行った為だ。


『天帝より賜りし神鳥をいたずらに皇太子妃に与えたことが天帝の激怒させ、游帝国は、神鳥もろともに滅される』……という噂は、一日で千里を駆けた。



 

 天譴てんけん――――という言葉がある。

 天帝の咎めのことだ。天帝は、必ず、不届きなものに咎めを下す。

 神鳥が死んだことと。相次ぐ災害は、天譴てんけん――――と呼ばれ、皇帝の喉元に刃を向けた。皇帝が、このまま悪逆を働く暗君であるのならば、ゆう帝国に未来はない。

 あっと言うまに、現帝を廃し、新帝を迎えるべきだとの論説が出るに居たり、皇帝も、安穏と黙っているわけには行かなくなった。

 神鳥が殺されたという事実を公表し、『神鳥を殺した犯人は速やかに捕らえ、理由の如何を問わずに凌遅刑りょうちけいに処す』―――という勅命を公布せざるを得なくなったのであった。




 槐花かいか十八年八月二十二日。

 酷く蒸し暑い夏の事件である。

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