神鳥を殺したのは誰か?

鳩子

文字の大きさ
上 下
50 / 74
第六章 天譴

3

しおりを挟む


 出仕し、朝議に参加しながら、遊嗄ゆうさは、じっと玉座に居る父帝を見つめて居た。

 朝議は、太極殿の朝堂にて行われ、宰相をはじめとした群臣がずらりと居並ぶ。

 十七段の階段を備えた玉座に誂えられた黄金の椅子と、黒檀の机。そこに座る皇帝は、儀式ではないので冕冠べんかんまでは被っていなかったが、黒珠の付いた冠と、黒衣を身に纏っている。

 相変わらず、四十を超えているとはとても思えない、若々しい美貌だが、今日は、殊更機嫌が良いようだった。

「……それでは、本日はこれまで。他に何か奏上のあるものは申し出よ」

 皇帝の涼やかな声が谺して、遊嗄は、はっとした。神鳥が死んだことを、申し上げなければ……と思って居たので、申し出ようとしたが、僕射ぼくや(大臣)に先を越された。

「おそれながら、親愛なる皇帝陛下に申し上げます」

「挨拶は良い。祁僕射、なんの奏上だ?」

 祁僕射は、遊嗄にとっては外祖父。貴嬪きひんの父である。よわい、六十に迫るおきなで、真っ白な髭が長々と伸びているので仙人のようだった。

「ことさら、本日、我が君におかれましては、ご気色(機嫌)が宜しいような……」

「ふむ、昨日、吉夢を見たのだ」

 ふふ、と。皇帝は笑う。酷薄な口元が、愉悦を滲ませたように遊嗄は感じた。

「吉夢! それは素晴らしいことでございます。ますます、陛下の御代も安泰になることでございましょう。して、陛下、どのような吉夢を御覧になったのでしょうか」

 祁僕射が、完爾かんじたる顔で、聞く。だが、本心は見えない。宮廷人らしい宮廷人だ。

「聞きたいか」

「はい、是非とも」

 祁僕射のへつらいには、皆、苦笑交じりのしらけた目で見やってはいたが、皇帝の夢には興味があった。皇帝の見る夢は、国の未来を占うこともある。だからこそ群臣は、皇帝が語り出すのを静かに待った。

ちんは、仙境に遊ぶ夢を見た」

「おお、それは瑞兆でございますな……しかして、仙境は如何なる様子にございましたでしょうや」

「うむ。万年雪の積もる二つの頂きを、朕は自由に行き来して遊び……そこには、甘い茱萸ぐみの実がなって居たので、雪に戯れるのに飽くと、茱萸を食べた。そして雪の上へ滑り落ち、喉が渇けば、清冽な石清水に唇を付けて味わい、甘い香りに誘われ、赤く色づく牡丹の花園の奥へと誘われて行ったのだ」

 最初、遊嗄は、この言葉を何気なく聞いていたが、途中で、皇帝が、遊嗄をみてにやりと見下すように笑ったので、真意に気がついた。

 万年雪のつもり頂きも、甘い茱萸も……すべて、灑洛の女体のことを言っているのだ。

(この男は……っ!)

 頭に血が上るのを感じながらも、遊嗄は手を握りしめて、それに耐えた。

 衆目の中で―――我が妻を辱められたことを語られたのだ、これで激しない男は居ない。だが。

(今は、押さえなければ……)

 遊嗄は、皇帝に対抗する力など、何も持ち合わせていない。準備も成しに立ち向かえば、いかに皇太子と雖も、謀反人となって、殺されるだろう。

(この男を、殺す為に……なんとかしなければ)

 味方を付け、簒奪を成し遂げなければならない。その折りには、外祖父である、祁僕射は役に立つことだろうと、遊嗄は踏んでいる。母である祁貴嬪が反対するかも知れないが、如何に祁貴嬪でも、実家の意向には逆らえない。

(祁家、それにねい家を味方に付ければ……)

 僕射と宰相が、遊嗄の味方に付くことになる。簒奪も、狙える。

「陛下。仙境に遊ぶのは、紛う効なき瑞兆。……しかし、陛下の隣は、いつも淋しゅうございますので、是非にも、皇后をお迎えになっては如何でしょうか」

「……考えておこう」

 皇帝が、珍しく皇后を迎えることに前向きな回答をしたので、群臣にざわめきが起こり、祁僕射は、得意満面の笑みを浮かべて、鼻高々になって居た。皇后を迎えるならば、祁貴嬪を置いて他に居ない。

 皇后の父ともなれば、ますます、権力が集まることだろう。それは、祁家の繁栄を意味している。そして遊嗄が即位すれば、祁僕射は、皇帝の外祖父である。栄華を極めることが出来たと、祁僕射は思って居るのだろう。

「他に何かあるものは」

 皇帝の声を聞いた遊嗄は、はじかれたように「私にございます!」と遊嗄が申し出る。

「皇太子か、申せ!」

 手短に命じる皇帝に、遊嗄は「申し上げます」と静かに告げてから、大きく深呼吸をして整えてから、申し上げた。

「神鳥が、何者かに殺されました!」

 一瞬、し……ん、と朝堂内は、静まりかえった。そのあと、巻き起こったのは、冷ややかな嘲笑だった。

「皇太子殿下、あまり、突拍子もないご冗談はお控え下さいませ」と

 慇懃に、祁僕射が告げるのを聞いて、遊嗄は臆することなく、もう一度申し上げたのだった。


「神鳥が、何者かに殺されました!」

「なに?」

 皇帝は目を剥いた。声が、掠れている。「なんだと、皇太子。それは確かなのか? 朕は、神鳥を宵の口に見て居るぞ」

 宵の口……まで、皇帝は、灑洛と一緒に居たのだ。そこまでは、神鳥は生きていたのだろう。そして、この口ぶりからすると、

(この男が神鳥を殺したのではない……?)

 遊嗄は、意外に思った。きっと、神鳥を殺したのは、皇帝だと思って居たからだ。

「皇太子! 神鳥の件は、そなたが調べよ。しばらくの間、この件について、何人も口外はならぬ」

 苛立たしげに皇帝は立ち上がり、群臣が立ち上がって拝謁する中、朝堂から出て行く。黒珠黒衣が翻った。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...