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第一章 婚礼
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貴曄殿での宴席もたけなわという時に、遊嗄に目配せされた灑洛は、こくん、と頷いた。
――――宴を抜け出して、本当の結婚式を行う。
それが、いつのころからか始まった、游の国の伝統だという。
謂われは色々あるが、一番は、初夜を邪魔されない為であろうし、無事翌朝、事実上の結婚がなった時にも、お披露目がしやすいというのもあるのだろう。
かくて、今宵、貴曄殿では夜通しの宴が張られるはずである。
遊嗄に手を引かれて東宮まで参る。既にあたりは薄暗く、西の空の底は燃えるように赤かった。天頂には星が瞬き、針金のように細い月が空に引っ掛かっている。
貴曄殿からは、妃嬪や大臣たちの出し物があるらしく、西方の舞姫が舞を披露するのが聞こえてきた。游の国にはない楽器と旋律は、どこか、現実感がなくて、夢のようでもある。
「胡姫(西方の舞姫)の舞も、見てみたかったものだね」
遊嗄が灑洛の緊張を見かねて話しかけた。指先の震えが止まらないのだから、遊嗄には、ばれているはずだ。
「遊嗄さまは、御覧になったことがありますの?」
「うん。堋国へ留学していた時にね。あそこは、とにかく平らな土地で水にも恵まれているし、西方との交易も盛んなのだというよ」
堋国は、游帝国の真南にある国だ。現在、大陸には、主立った国として、堋国、棠国、熹国、鑠国がある。
堋国は游帝国とも国交があり、大学の博士などの行き来がある。
「父上は、見聞を広めてこいと仰せになって、私を、堋国へ……」
「胡姫の舞も、見聞の一環ですのね」
詰るつもりはなかった灑洛だが、すこし、からかいたくなった。気分が落ち着いてきたからだろう。
「手厳しいことを……けれど、誓って、あなた以外の女人の手も触れたことはありませんよ」
「遊嗄さま……、わたくしも、皇太子殿下に入宮するのですから……、皇帝にもなれば、他に妃嬪を娶らなければならないことも、ちゃんと存じ上げております」
皇帝が望まずとも、女達が揃えられる。
游帝国の皇帝の妃嬪は、三妃と呼ばれる、貴嬪、夫人、貴人から始まって、九嬪と呼ばれる、淑妃、淑媛、淑儀、修華、修容、修儀、妻好、容華、充華と続く。
三妃は各一名。九嬪は各三名の定員があり、その他、定員を持たず、『妃嬪』でもない『宮女』である美人、才人、中才人と続く。
皇帝になれば、少なくとも、三妃九嬪を揃えなければならない。
その他、皇帝の『正妻』として皇后があるが、立后されることもあれば立后されないこともある。立太子(皇子が皇太子になること)すれば、その生母が皇后になる例もあるが、現在、皇后の座は空席である。
「そうだよ。私が、皇帝の座に就いたら……、皇后の座にはあなたが就く。だから、あなたは、安心して、皇子も姫も沢山産んで欲しいな」
「まあ……」
灑洛は、呆れてしまった。
そんな、夢のような事を、遊嗄が言い出すとは思わなかったからだ。
――――宴を抜け出して、本当の結婚式を行う。
それが、いつのころからか始まった、游の国の伝統だという。
謂われは色々あるが、一番は、初夜を邪魔されない為であろうし、無事翌朝、事実上の結婚がなった時にも、お披露目がしやすいというのもあるのだろう。
かくて、今宵、貴曄殿では夜通しの宴が張られるはずである。
遊嗄に手を引かれて東宮まで参る。既にあたりは薄暗く、西の空の底は燃えるように赤かった。天頂には星が瞬き、針金のように細い月が空に引っ掛かっている。
貴曄殿からは、妃嬪や大臣たちの出し物があるらしく、西方の舞姫が舞を披露するのが聞こえてきた。游の国にはない楽器と旋律は、どこか、現実感がなくて、夢のようでもある。
「胡姫(西方の舞姫)の舞も、見てみたかったものだね」
遊嗄が灑洛の緊張を見かねて話しかけた。指先の震えが止まらないのだから、遊嗄には、ばれているはずだ。
「遊嗄さまは、御覧になったことがありますの?」
「うん。堋国へ留学していた時にね。あそこは、とにかく平らな土地で水にも恵まれているし、西方との交易も盛んなのだというよ」
堋国は、游帝国の真南にある国だ。現在、大陸には、主立った国として、堋国、棠国、熹国、鑠国がある。
堋国は游帝国とも国交があり、大学の博士などの行き来がある。
「父上は、見聞を広めてこいと仰せになって、私を、堋国へ……」
「胡姫の舞も、見聞の一環ですのね」
詰るつもりはなかった灑洛だが、すこし、からかいたくなった。気分が落ち着いてきたからだろう。
「手厳しいことを……けれど、誓って、あなた以外の女人の手も触れたことはありませんよ」
「遊嗄さま……、わたくしも、皇太子殿下に入宮するのですから……、皇帝にもなれば、他に妃嬪を娶らなければならないことも、ちゃんと存じ上げております」
皇帝が望まずとも、女達が揃えられる。
游帝国の皇帝の妃嬪は、三妃と呼ばれる、貴嬪、夫人、貴人から始まって、九嬪と呼ばれる、淑妃、淑媛、淑儀、修華、修容、修儀、妻好、容華、充華と続く。
三妃は各一名。九嬪は各三名の定員があり、その他、定員を持たず、『妃嬪』でもない『宮女』である美人、才人、中才人と続く。
皇帝になれば、少なくとも、三妃九嬪を揃えなければならない。
その他、皇帝の『正妻』として皇后があるが、立后されることもあれば立后されないこともある。立太子(皇子が皇太子になること)すれば、その生母が皇后になる例もあるが、現在、皇后の座は空席である。
「そうだよ。私が、皇帝の座に就いたら……、皇后の座にはあなたが就く。だから、あなたは、安心して、皇子も姫も沢山産んで欲しいな」
「まあ……」
灑洛は、呆れてしまった。
そんな、夢のような事を、遊嗄が言い出すとは思わなかったからだ。
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