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エピローグ
1.山科にて
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桜の花も、とうに終わって、山科では身の丈ほどにもなる長い白藤が盛りを迎えていた。
あたりには藤の甘い薫りが漂って、私の部屋まで良い薫りがするので、気分も良い。
これが咲くと、夏って感じがするわね。(あ! たぶん、千年くらいあとには、感覚が一月くらいズレて、まだ、春とか言ってる気がするわね)
「姫さま、宮中のあの事件から、大分、ぼんやりとしておいでですわね。無理もありませんけれど」
早蕨がのんびり言う。
宮中のあの事件。
つまり―――なんと言ったら良いのだろう。鉉珱の事件というのもヘンだし、実敦親王の事件というのもヘンだし……。
まあ、私が、二条関白家に、鬼の君から教えて頂いたあの香を焚きしめたところから始まった、一連の事件は、なんとか終結を見た。
真実をすべて後悔すると大変な騒ぎになるから『天皇家を呪う高僧の鉉珱は、帝室を恨み、呪詛した。その呪詛を受けて、帝(実敦親王)が不予となった為、高御座を退くこととなった。』ということで、片付けたのだ。
ついでに、『十年前に登華殿の女御(藤原高紀子)を呪詛したのも鉉珱であることが判明』したことにして、『廃帝』となっていた、先帝(鬼の君ね!)が、『実は生きていて』(叔父上の阿闍梨さまに匿われていた設定)重祚することが正式に決定した。
「六月になったら、正式に即位して、鬼の君が、主上……になるのですものね」
未だに、実感がない。
鬼の君は、あの日、牛車の中で、いろいろと熱烈に口説いてきたはずなのに、あれから文の一枚も届かない。
まあ、鬼の君には私みたいな、下々の者じゃなくって、二条の姫さまみたいな、後ろ盾もしっかりした方が良いのだろうし、あちらの方が、うんと美人だし……と列挙していたら、なんだか切なくなってきた。
「それにしたって、今回、知り合った殿御は、どなたもおいでにならないだなんて、本当に失礼なこと!」
早蕨は、ぷりぷりと怒っている。
折角、良さそうな殿御と知り合えたのだから、このチャンスにどこかと縁づかないかと目論んでいたらしい。
「だってあの陰陽師、姫さまは『千年に一度のモテ期』だなんて言うんですもの。期待するじゃありませんか」
ところが、事件が終わったらコレだもん。私のところに、文一枚よこす殿方もいないって、まったく皆、薄情だわよ!
「きっと、あの陰陽師も、なにか気になるところがあって、私に近づきたくて、ああいうことを仰有ったんじゃないかなあ」
婚約破棄したとかは、言ってたような気がするけど。
「だから、私に『千年に一度のモテ期』なんて、『無い』のよっ!」
明るく笑って見せると、早蕨が痛々しそうな顔をする。もう! 本当に、気にしてないのにっ!
これじゃ、空元気に見えるじゃないのよ!
早蕨が溜息を吐いた時。廊下から声がした。
「あのう、姫さま。姫さまに、お客様です。……先触れもありませんでしたが、なにやら立派な牛車が一台来ておりまして」
山科のこの邸を管理してくれている、赤麿だった。どうやら、赤麿は、勝手に客を通して良いものか、迷って、私の所まで聞きに来たとのことだった。
「立派な牛車? しかも、先触れもないなんて誰だろう……まあ、お通しして大丈夫よ。よろしくね、赤麿」
「へぇ、畏まりまして」
赤麿はそのまま去って行く。しばらくして現れた人を見て、私は、思わず問い掛けていた。
「どうして、高貴な方が、こんなむさ苦しいところへ?」
あたりには藤の甘い薫りが漂って、私の部屋まで良い薫りがするので、気分も良い。
これが咲くと、夏って感じがするわね。(あ! たぶん、千年くらいあとには、感覚が一月くらいズレて、まだ、春とか言ってる気がするわね)
「姫さま、宮中のあの事件から、大分、ぼんやりとしておいでですわね。無理もありませんけれど」
早蕨がのんびり言う。
宮中のあの事件。
つまり―――なんと言ったら良いのだろう。鉉珱の事件というのもヘンだし、実敦親王の事件というのもヘンだし……。
まあ、私が、二条関白家に、鬼の君から教えて頂いたあの香を焚きしめたところから始まった、一連の事件は、なんとか終結を見た。
真実をすべて後悔すると大変な騒ぎになるから『天皇家を呪う高僧の鉉珱は、帝室を恨み、呪詛した。その呪詛を受けて、帝(実敦親王)が不予となった為、高御座を退くこととなった。』ということで、片付けたのだ。
ついでに、『十年前に登華殿の女御(藤原高紀子)を呪詛したのも鉉珱であることが判明』したことにして、『廃帝』となっていた、先帝(鬼の君ね!)が、『実は生きていて』(叔父上の阿闍梨さまに匿われていた設定)重祚することが正式に決定した。
「六月になったら、正式に即位して、鬼の君が、主上……になるのですものね」
未だに、実感がない。
鬼の君は、あの日、牛車の中で、いろいろと熱烈に口説いてきたはずなのに、あれから文の一枚も届かない。
まあ、鬼の君には私みたいな、下々の者じゃなくって、二条の姫さまみたいな、後ろ盾もしっかりした方が良いのだろうし、あちらの方が、うんと美人だし……と列挙していたら、なんだか切なくなってきた。
「それにしたって、今回、知り合った殿御は、どなたもおいでにならないだなんて、本当に失礼なこと!」
早蕨は、ぷりぷりと怒っている。
折角、良さそうな殿御と知り合えたのだから、このチャンスにどこかと縁づかないかと目論んでいたらしい。
「だってあの陰陽師、姫さまは『千年に一度のモテ期』だなんて言うんですもの。期待するじゃありませんか」
ところが、事件が終わったらコレだもん。私のところに、文一枚よこす殿方もいないって、まったく皆、薄情だわよ!
「きっと、あの陰陽師も、なにか気になるところがあって、私に近づきたくて、ああいうことを仰有ったんじゃないかなあ」
婚約破棄したとかは、言ってたような気がするけど。
「だから、私に『千年に一度のモテ期』なんて、『無い』のよっ!」
明るく笑って見せると、早蕨が痛々しそうな顔をする。もう! 本当に、気にしてないのにっ!
これじゃ、空元気に見えるじゃないのよ!
早蕨が溜息を吐いた時。廊下から声がした。
「あのう、姫さま。姫さまに、お客様です。……先触れもありませんでしたが、なにやら立派な牛車が一台来ておりまして」
山科のこの邸を管理してくれている、赤麿だった。どうやら、赤麿は、勝手に客を通して良いものか、迷って、私の所まで聞きに来たとのことだった。
「立派な牛車? しかも、先触れもないなんて誰だろう……まあ、お通しして大丈夫よ。よろしくね、赤麿」
「へぇ、畏まりまして」
赤麿はそのまま去って行く。しばらくして現れた人を見て、私は、思わず問い掛けていた。
「どうして、高貴な方が、こんなむさ苦しいところへ?」
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