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第六章 大ピンチ! 呪いも運命も蹴散らして
15.一族の恨み
しおりを挟む「阿闍梨が……倒れたと?」
鬼の君が使いの元へと寄った。多分、部屋で私が寝ているから、使いを部屋に入れなかったのだろう。
「はい。……阿闍梨殿は、祈祷の最中に苦しみだして……」
「お命は?」
「今のところは、ご無事です」
手短なやりとりに緊張感が滲む。
「何故、阿闍梨が倒れた?」
「詳しいことは解りませぬが……、呪い返しが失敗したと」
「失敗した? 確かに、私は、呪い返しを阿闍梨に頼んだが、それほど強力な呪いであったのか?」
鬼の君の声が、荒くなる。使いの者は、恐縮しながら、鬼の君に答えた。
「なんでも、呪いがあまりにも強く、そして、その呪いは、阿闍梨殿にも掛かっていた物らしいのです。阿闍梨殿の申しますには、一族に掛けられた呪いであるとか……。
そうなると、呪いを行った術者本人が解くか、もしくは、術者自身を殺すかしかないとのこと」
「それは……解った。なにか、変わったことがあれば、また報せるように。まずは下がって良い」
使いを下がらせて、鬼の君は額を押さえていた。
阿闍梨様は、おじさまのはずだから、身内が呪いを受けたら、やっぱり、辛いわよね。
なんとか、気の利いた一言でも出れば良いけど……あいにく、髪は生乾きだし、和歌をとっさにひねり出せるような生活をしていなかったし……。
ただ、ひとつ、気になることがあった。
「鬼の君……、一族に掛けられた呪い、とはどういうことでしょう。確かに、床下で聞いた時にも、『我が血の恨みを晴らす』とか『五十年にもわたる恨み』とか言っていたんです」
「そうだった。早急に、父上の所へ人をやって、調べさせる。……それと、一族というのは、帝室の事だろうな……ならば、私を始めとして父上も、危ないはずだ」
「えーと……ちょっと、言い辛いんですけど、多分、主上も……」
一瞬、空気が、ピキッとひび割れたように、思えた。
「忌々しいことに、父の兄弟だった」
「あなたの伯父上です」
「……死んでくれたら、好都合ではあるけどね。まあ、それは口にしないでおこうか。あなたに嫌われるのも、口惜しいことだから。さて、……姫、こうなっては、時間がないかも知れない。
あなたに力を貸してくれているのは、二条関白だけかい?」
「あとは、源大臣の息で、今は左兵衛大尉の源 陽と、陰陽師の惟宗直親殿……」
「それが全部、あなたに求愛しているものか……、また、面倒なものばかりで」
鬼の君は、懐から扇を出して手で弄んでから、大きな溜息と共に仰せになった。
「―――女房! 何か書くものを」
さっきから控えていた女房が、すぐに出て来て、文机と硯、紙、筆などを整えはじめる。
「鬼の君……どちらへ文を?」
「うむ。まずは、鷹峯院へ。こちらは、あの鉉珱の素性を調べて貰う為。そして、源大臣家に。……あなたの実家はは、昭興院に近すぎる。一度、源大臣家で、策を練った方が良い。
その頃には、鉉珱についても調べが付いているはずだろう」
鬼の君は、さらさらと文を書く。
うちの文使いには、全速力で鷹峯と、源大臣邸に行って貰わなきゃ!
「だれか、文使いを。足が速く、信用できるものを用意して」
私の言葉が終わらぬうちに、鬼の君は一枚目の文をキレイにたたみながら、「いや、馬がある。馬に乗れるものに、鷹峯まで行くように命じなさい」と仰せになるから、私は、その通りに命じた。
そして、鬼の君は、二通目、源大臣家へ宛てた文を書き始める。
「姫……私としては、あなたにはここに居て貰いたいと思うのだけれど……」
「絶対に、ご一緒しますから!」
「そう、言うと思ったんですよ……。ただ、約束して下さいね。絶対に、危ないことはなさらないと。……もし、危険なことをしたら、その場で入内させますからね?」
入内……って、今は、後宮持ってないくせに、とは流石に言えなかった。
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