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第六章 大ピンチ! 呪いも運命も蹴散らして
8.床下を抜けて……
しおりを挟む床下で私は、壁側へ向かう。
通用口のような場所があれば、そこから出て行けば、なんとかなる。
たしか、この寺は昭興院と言ったから……、場所は八条。
外へ出れば、おそらく、私の実家が近いはず。(とはいえ、八年くらい近づいていない実家だから、場所はうろ覚えだけど……)
私の格好と言ったら、小袖に長袴という格好で、薄衣一枚纏っていないけれど……まあ、このあたりは、はっきり言ったら、『下々』の者たちの場所だから、そんなに目立ちもしないでしょう。
とにかく、ばれないように、外に出る!
そうこうしているうちに、塀の所に、門があるのが解った。そこそこ立派な門なので、人通りもある。見れば、近くに住んでいるのか、参詣のものと思われるものが、割とひっきりなしにやってくる。
あの人達に、紛れていくしかない。
丁度、被衣を被った女達が参詣にやってきたようなので、私は、すかさず、床下から這い出ることにした。
急に明るいところに出た物だから、陽の光のまぶしさに目が慣れなくて、くらりとしたけれど、なんとか堪え……長袴は、ちょっとみっともないけど、裾を腰に入れ込んだままにしておこう。
足が見えるのは、はしたないけど……市井の女達は、足を晒している人も居るのだから、仕方がない。とりあえず、実家に帰るまでは、堂々としておこう。
かくてわたしは、被衣集団の横をすり抜けて、寺の外へと出ることが出来たのだった。
しかし困ったのは、私は実家の場所がよく解らないと言うこと。
そもそも、殆ど寄りつかない実家だったし(山科は快適だったし、特に洛中に行く用事もない)、そもそも、うちの名前を出して、このあたりに住んでいる人たちが解るかと言ったら、それは微妙なところだった。
昔……邸から何が見えたかしらね。
覚えてるのは、魚売りの声だとか、そんなもんで……。
とりあえず、ものを売っているのは、決まった場所のはずだから、そこへ行こう。私は、あたりの人を捕まえて、物売りが居る場所を教えて貰って向かったのだった。
教えられたのは、西の京(つまり右京のこと。これは、紫宸殿におわす主上から見た方向)の方だった。
世の中大体『左』の方が良いとされているので、右側である西の京は、左京よりは劣る。
たしかに、うちの邸ならば、左よりは右だわ。
物売りの人たちは、決まった日に市を立てる。今日は、右京の日だったからラッキーだ。
市と言っても、道端に物を置いて売り買いしているスタイルだ。おそらく、千年くらい経ったら、一年中、物が売り買いできる様に建物の中に店を作るんだろうけれど。
まあ、そんなわけで、市は人でごった返している。押し合いへし合いするほどの人混み出ないのは助かるけど、顔を晒して歩くことには、私だって多少の抵抗がある。
歩くのになれていない私としては、人を除けながら歩いていると真っ直ぐ歩いて行くことが出来ないので、それも疲れるし、大男もいる、ボロボロの布きれを引っかけただけの、骨と皮だけに痩せた男や、腰くらいまでしかない髪を束ねて忙しなく歩く女達……とにかく、様々な人たちが居る。
ぶつかってしまうと、睨まれる。今まで嗅いだことがないような、鼻の奥がツンとするような、異臭もする。
抜け落ちて、前歯が一本しかない丸禿げの男が、私と目が合って、にたり、と笑った。
「お姫さん、干魚でも買うのかい?」
ひひ、と男は笑う。
怖くなって、私は急いで男から離れた。
一人の知り合いも居なくて、家もわからない。どうして良いのか解らない心細さにを感じたら、目の奥が熱く滲んで、涙が出そうになったけど、なんとか堪えた。
泣いて居ても仕方がないのだ。
実家を探さないと……と思っていたら、私の耳に、
びぃん………
と殊更優雅な琵琶の音が聞こえてきた。
覚えがある。
この音は、母様の物だ!
市の真後ろに築地塀があった。(というか、築地塀に干魚を吊されてる……)
その奥は、邸だ。
この琵琶が、私の母親の物ならば、ここが、私の実家だ!
私は、人をかき分けて、大急ぎで門へ向かった。
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