138 / 186
第六章 大ピンチ! 呪いも運命も蹴散らして
1.牛車にて・・
しおりを挟む気がつくと、世界が揺れていた。
ゆっくりと重心が移動するようなこの揺れと、木の軋む音。間違いない。牛車だ。
あたりは真っ暗で何も見えない。
ただ、よく解ったのは、牛車の中が、冷厳な香りに満たされていたと言うことと、私の側に誰かが居るので、春の真夜中だけど、寒くはないと言うことくらいだった。
高貴な香りだった。沈香を一番強く感じるが、どこか冷たい感じがする。
そして、私は、この香に聞き覚えがあった。
――――主上の物だ。
私は、思い出した。
鬼の君からの文だと思って呼び出されてみたら、文は主上からの物だった。
そして、主上に口づけされて……(一生の不覚だわっ!)そのまま、気を失ったのだ。
おそらくそのまま運ばれて、私は、この牛車に押し込められたのだろう。今は、夜だ。どこを走っているのかも、全く解らない。
これが、昼間だったら、結構、外の景色も見られるし、聞こえて来る言葉で、どういう場所に向かっているのが解る。
けど、ここが牛車の中だと言うこと以外、全く解らない。
さて、どうしたものかと思っていると、声を掛けられた。
「おや、山吹、起きたのかい?」
やや、躊躇った。このままヘタに返事をされたらどうなるか。殺されるかも知れない………と思う。
「狸寝入りかい?」
不満げな声がする。
「……狸寝入りではありませんわ」
私は意を決して答えて、身を起こした。四人乗りの牛車よりは大分せまい。
お忍びが出来るように……と、小さな牛車を用意していたのだろう。
主上に密着するようで、落ち着かなかった。
「おや、気がついたかい」
どこか、弾むような嬉しげな声が、牛車に満ちる。
「……ここは、どこですか?」
「さあ、私は牛飼い童ではないから、解らないな」
主上が、闇の中で手を伸ばしたのだろう。私の頬に、そっと触れたので、思わず、びくっと身を竦めて仕舞った。
「おや、大分、警戒しているね。私に、襲われるとでも思ったのかい? 山吹」
私は、答えなかった。主上が、近づいているのが解ったからだ。逃げようとしても、逃げられない。
だけど、なにか、考えなければ。このままでは、主上の思うつぼだ。
「……ああ、ここで襲うのも良いかもしれないね」
主上は、私の耳許に、こごった闇のようなねっとりとした声音で囁く。
私は震えながらも、主上から逃れるように身をよじる。
「牛車の中で……というのも、楽しいかも知れないね。常ならぬ場所で求め合うのも良いことだ」
主上は私の腰を引き寄せて、私を腕に閉じ込める。そのまま、押し倒されそうになって、私は、主上を突き飛ばした。
0
お気に入りに追加
266
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜
梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーロットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。
そんなシャーロットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。
実はシャーロットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーロットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーロットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。
悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。
しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーロットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーロットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーロットは図々しく居座る計画を立てる。
そんなある日、シャーロットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪
冬馬亮
恋愛
少女は、ある日突然すべてを失った。
地位も、名誉も、家族も、友も、愛する婚約者も---。
ひとりの凶悪な令嬢によって人生の何もかもがひっくり返され、苦難と苦痛の地獄のような日々に突き落とされた少女が、ある村にたどり着き、心の平安を得るまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる