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第五章 後宮からの逃走

36.闇を纏いし人……

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「し、主上………」

 声が掠れていた。みっともないけど、仕方がない。

 なんで、この方が、ここに居るんだ?

 あの文は、鬼の君からの物ではなかったのか。私の疑問は顔に出ていたらしい。

 主上は、笑みながら仰せになる。

「弟が兄宮の邸をおとなうのは、それほど不審なことかな?」

 そうだった。主上と鷹峯院は、実母の兄弟だった。

「だけど……、こんな時間に、こっそりとお尋ねするような親しさだったとは存じ上げませんでしたわ」

 そうだ。

 元から、鷹峯院は、主上を、キッパリと『あのバカ』と仰せだった。

 そして―――登華殿の女御様の御身に起こったことの真相を思えば、鷹峯院は、二度と主上の顔を見たくないはずだ。

(それどころか、もし、お会いしたら、今すぐ刀を抜くわよ、あの人は、やる!)

「何を考えて居るのか解らぬが……」

 耳許に低く柔らかな声音が聞こえて、私の胸は跳ね上がった。

 そ、そうだ、あまりの事態に現実逃避しかかっていたけれど………主上に抱きしめられていたのだ。

「……余は、蔑ろにされるのを好まない」

 と、言われても、困る。私は、必死に主上の胸を押し返そうとするけれど、主上はびくともしない。

「逃げようとしているのか?」

 笑みを含んだ声に、鳥肌が立つが、とりあえず、逃げないと!

「そなたは、誰と勘違いして、ここへ来たのだろうね?」

 主上の手が、腰に回った。そのまま、ぐい、と引き寄せられる。私は、ぴったりと主上の胸に納まる形で、私と主上の間には、隙間がないほどに密着している。

 密着してた私は、動転していた。

 存外、服の上からでも、主上の身体の感触が、生々しく伝わってくるからだ。

 熱い肢体は、十分に引き締まっていて……何も知らなければ、武官の様だと思うだろう。それくらい、しなやかな身体をしていたからだ。

 そういえば、狐の子を一刀両断したことがあるって、勘解由さんが仰有ってたな……。

「誰だと思った?」

 言い逃れを許さないような、きつい声音だった。

「鬼かと思いましたわ」

 にこり、と私は言う。そうよ、間違ってないわ。

「鬼……?」

「ええ。私、時折、鬼に魅入られますの。陰陽師殿の言うには、千年に一度のモテ期ということですから、鬼も引き寄せてしまうのですわ。……それでは、主上、私は、この辺で……」

 にっこり笑顔を作っていう私は、さらにジタバタ藻掻く。

 けど、本当に、主上は、力が強い! どんなに頑張っても、解放されなかった。

「山吹……、鬼とは、あれの事だね?」

「あら、なにかしら?」

 空とぼけて見せた私に、主上の顔が近づく。そして、気がついた時には、私は、主上に口づけされていた。生暖かい口唇をやんわりと押しつけられて、私は嫌悪感に背筋が震えた。

 これ以上、好きにされるわけには行かないわっ!

 なんとか藻掻いていたが、ふと、鈍痛を頭に感じた。

 そして、主上の腕の中。



 ――――私は、気を失った……。



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