鬼憑きの姫なのに総モテなんて!

鳩子

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第五章 後宮からの逃走

33.男心と闇色の袖

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「く、苦しいです、姫君っ……っ!」

 ジタバタと藻掻く小鬼だけど、女房装束って、かなーり重いから、男の小鬼でも、ちょっとやそっと、ジタバタしたくらいじゃ、離れられないのよね。

「庭に、何が居るの?」

「く、苦しいですよ、放して下さいっ!」

「じゃあ、放してあげるけど、さっきから、何をチラチラ外を見ていたのよ」

 私はずいっと小鬼に顔を近づけて言う。

「そ、その……猫……です」

「はい?」

「済みません、あの前栽に、猫が居るらしくって……可愛いんですよ、さっき、ちらっと足が見えて」

「あらやだ、猫って高価なんだから逃げ出したりしたら、大変だわ。鷹峯院、こちらでは、猫を飼っておられますか?」

「ああ……多分? 椰子やこが飼っていたと思うわよ」

「椰子さま?」

 私は耳慣れない言葉を聞き返す。

「椰子は……アタシのもう一人の女御ね。二条関白とは別の藤原家から娶ったのよ。今の伊勢の斎宮を産んだのが椰子よ」

「たしかに、鬼の君にはお腹が違う姉君がおいでだったと……」

 小鬼が、びくっと肩を震わせた。

「どうしたの?」

「私は、八年、あの斎宮さまの、着せ替え人形だったんです! ……あの方、この、鷹峯院の血を、本当に色濃く継いでいらして、私は、毎日、采女うねめの格好だったり、巫女の格好だったり、着せ替え三昧でしたよ!」

 さめざめと嘆く小鬼に、鷹峯院がお尋ねになる。

懐仁やすひとは、笑ってみてたの?」

「おおむねそんなところです。もしくは、我が君は、魚取りに行っておいででした」

「魚取り? 懐仁がっ?」

「ええ……もともと、我が君は、鷹狩りや鹿狩りがお好きな方でしたので。高御座の中に、バッタを二百匹も放り込んで、私が怒られたり」

 ああ、確か、関白殿下も言ってたなあ。バッタ二百匹事件。

 むしろ怒ったのは、殿方達より女房方だろうけど。

「ああ、そう……意外に逞しくやってたのね、あの子」

「ええ。完璧に漁夫もしくは、斎宮の下男でしたよ。そして、私は姫君でした」

 なんか、お察しします。

「でも、その割に、最近、鬼の君が山科においでになった時は、闇色の狩衣だったけど……そういえば、鬼の君ほどの身分の方ならば、狩衣って身をやつしている時にお召しになるくらいね……」

「まあ、あの狩衣、わざわざ、姫君に会いに行く為だけに作った物ですからね」

「えっ? なんで?」

「だって、八年前、自分の身を救ってくれた女童に会いに行くのですよ? 身をやつしているとは雖も、特別な格好をなさりたいのは、我が主なりの男心です」

 きっぱりと言い切られて、私は、びっくりした。

 男心……。なんだか、私の人生の中で、今まで聞いたことのない単語だわ。

「そして、私のカンが正しければ、主の微妙な男心は、おそらくあなたが、山科で大人しくしていなかったことを、つまらなく思っている一方で、きっとまた、主の為に、命がけで動いて下さっているとある意味盛大な勘違いをなさって、にやにやしているはずです。私には解ります。ええ、バッタ事件以前の付き合いがあるのは、私と秋ちゃんくらいですからね!」

 うーん……。

 鬼の君の為……というか、まあ、それで鬼の君が喜んでるなら、それは良いか。

「でも、小鬼。鬼の君は、『にやにや』は笑わないんじゃないからね?」

「いいえ、多分、今頃、にやにやしてます。どこにおいでか解りませんけど!」

 がさっと前栽が動いた。

 みゃーと言いながら、猫が現れる。普通は紐を付けて飼っているものだけれど、紐は付いていないようだった。

 まっしろで雪のような美しい猫は、大分太っているし、動きものろい。

「あの猫、十五年も生きてるんですよ。そろそろ、しっぽが別れるんじゃないかって、みんなで言ってます」

 年寄り猫だから、動きがゆったりなのね。

 可愛い、と思いながら近づいた私は、猫の首に、文が付いて居るのを見つけて、す、と抜き取った。鷹峯院宛ての物かも知れないけど、きっと私の物だろうという、確信があった。

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