鬼憑きの姫なのに総モテなんて!

鳩子

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第五章 後宮からの逃走

21.義理の父子

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 私が身に纏っている香は、登華殿の女御さまの薫りのはずだ。

 嵯峨野の太閤さまは、登華殿の女御さまの実父だから、懐かしいのは、当然だろう。

「八年前にお隠れした、二条廃帝から、賜ったそうよ」

「なんと……それは、かの方が、生きておられたころに?」

「山科の、説明なさい」

 鷹峯院に促されて、私は口を開いた。嵯峨野の太閤さまは、じっと、私を見ている。なんだか、落ち着かない気持ちになる。

「八年前、山科に逃れていらした、二条廃帝……私は、鬼の君とお呼びしているのですけど、その方から、この香の調合方を頂きました。なんとか、鬼の君は追っ手から逃れることができたので」

「それは、本当に?」

 静かに、低く嗄れた声が聞く。嘘を許さない、強い眼差しだ。

 私は、生唾を飲みながら、こくん、と頷いた。

「横から失礼致します。嵯峨野の太閤殿下、久方ぶりでございます。私、橘継春と申しますが、覚えておいででしょうか。
 二条廃帝の、側に仕えておりました」

 嵯峨野の太閤は、小鬼に視線を向けて、目を剥いた。

 そうだよねえ。驚くわよ。女房装束、正直、私より似合ってると思うもの!

「えーと……これは、院の御所さまの薫陶ですかな?」

 あからさまに、嵯峨野の太閤は、苦笑いを、している。

「いえ。この、山科の姫を守る為に、こうした格好を。……私も、主とともに、この山科の姫に救われたものです。
 その後、私は主と共に他所へ逃れました」

 小鬼は、慎重なんだな。鬼の君と、伊勢へ行ったとは言わなかった。

 嵯峨野の太閤が、怖いんだろう。手が震えてる。

「では、かの君は、生きて暮らしておられた、と」

 ふふ、と嵯峨野の太閤は笑う。怖い。知ってて聞いたのね。

「底意地が悪いわねえ、アンタ、相変わらず! 知ってたんなら、そうそうに言いなさいよ。アタシ、ずっと、懐仁やすひとのことは心配してたのよ? アタシの一人息子なんだからっ! 早苗も、良くアンタみたいな性悪を夫にしたもんだわ!」

「半分、無理やりでしたから」

 にこり、と嵯峨野の太閤は笑う。いや、そうじゃないだろう! 

「早苗、付き合ってる男がいたんだよォ。私がいるのに、まったくねえ。私の、なにに不満があるんだろうか?」

「フンっ! アンタのナニに不満があるんじゃないのぉ?」

「下品な想像はなさらないで下さい。……第一、私は、大事な娘を、あなたのようなおねえに差し上げてなくてはならなくなったんですよ! その、絶望的な気持ちを鑑みて下さったことが、いままで、一度でもあったんですか? あったんでしたら、謝りますがね!」

 そうか。

 この二人、義理の父子か。

 ……ビミョー!

「なによ、アンタ! 当今のほうがよかったわけ? 仕方がないじゃない。アタシだって、好きで始めた女装じゃないのよ!
 知ってるでしょ? アタシが、ずっと暗殺されそうになってたことくらい!」

 つまり、鷹峯院の女装は、暗殺防止のためだった、と。

「それは、存じておりますよ。ですから、高紀子を差し上げたんです」

「それは、感謝してるわよ。あの子、まさか自分が東宮妃になるとは思ってもみなかっただろうから」

「そうそう、瞶子きこが中宮だからね。うちも、そんなに、妃だしたら大変なんだよ。中宮ってさぁ、すごいお金掛かるんだよ。まあ、朝廷の予算も、御所に近いくらいでてるけどさあ」

「仕方がないじゃない……ああ、そうだ。ついでに、アタシの母上が……つまり、太皇太后様が、なんで中宮になって、その上、アンタが天下無双のシスコンに成り下がったか、ぜーんぶ吐いちゃうと良いわよ」

 ケラケラと鷹峯院が笑う目の前で、はぁ、と嵯峨野の太閤殿下は、大きな溜息をお吐きになった。






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