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第五章 後宮からの逃走
17.牛車、五人は乗れない
しおりを挟む鷹峯院は、『ムスメっ! ムスメっ!』とウキウキしておいでだ。
「御所様……、ご自分の姫君がおいででしょうに」
「あらー? お嫁さんは別よぉ? アタシ、息子は懐仁だけだったから、お嫁さん、一人も居ないのよ。あの子ったら、即位するときにお姫様の入内、断ったんだもの!」
「そうだったんですか?」
「そぉよぉ~? アタシだって、色々、美人系から可愛い系から、才女から、巨乳のお姉様まで取りそろえたのに、いっそ、全員後宮に入れれば良かったのに、ねぇ! 妙なところで固いんだもの!」
それは、親がいろいろ、用意しすぎたんじゃないですかね・・・。
私は、そう思ったけど、とりあえず、余計な事は何も言わないことにした。うん、私は知らない。
「まあ、いいわ。でも、アナタが、その香を持っているなら、懐仁は生きているっていうことよね?」
「はい」
「どこにいるのか、解らないの?」
「知って居たら、ここには参りません……第一、私、絶賛、呪われ中なんですよ? あと少しで、花の命を散らす所なんですからっ!」
「ふうん……? 呪い、ねぇ」
「……二条廃帝は、おそらく、当今様が、私を呪ったと考えて居ると」
「実敦が? まったく、アイツ、いつも、いつも、余計な事ばっかり。ホントに、忌々しいったら!」
鷹峯院と、当今さま―――実敦親王とかつて呼ばれた方は、ご兄弟のはずだ。
それで、八年前の事件の後、東宮も中宮も不在だった二条廃帝の後継に、指名された。
「八年前だって、アタシが重祚すれば良かったのよ!」
重祚とは、一度退位遊ばされた帝が、再び帝位に就くことだ。たしか、前例はあったけど、女帝だった気がするなあ……って、この方見れば、女帝でも良いような気はしないでもない。
鷹峯院は、あまりに興奮されているのか、汗をおかきになって、化粧が取れ掛かってしまっているので口許の青々したヒゲのあとが、薄ら見え始めた。見ないことにしよう。
「八年前は……どうして、当今様が」
「ああ、あれは、源大臣が自分の娘を差し出してる実敦を押しまくったのよ。あの時は、なんか、凄かったわね。源大臣が押さなかったら、今の実敦はないでしょう。……その割に、源大臣のことは遠ざけているから、上手くやってるみたいだけど」
嫌悪しているらしく、鷹峯院の口許が歪んだ。
「ホント、ちゃーんと、東宮まで産んでから薨去するんだから、あの女御もたいしたもんだわ」
「東宮様の姿は……、御所ではお見かけしませんでしたけれど」
「そりゃそうよ。アタシが親代わり遣ってるの。後見人。……実敦に任せてたら、あの子、まともに育たないわよ。だから……向こうの、西の対に居るわよ?」
なんだか、じつの父親から疎まれているわけではないのだろうけど、素っ気なくされているのなんて、お可哀想だわ。
と、―――私は、我が身を振り返って、ある事実に気がついて愕然とする。
うちの父親も、私の事は、完全放棄だっ!
そりゃあ、今の時代、そんなに過保護な父親なんか居ないけどさあ……。
「八年前……って、何があったんですか? 私、登華殿で、変な夢を見たんです。登華殿の女御様の御身の中に宿ったような……それで、女房の早良さまが、
『皇太后さまの御身に起きたこと、一切、他言無用ぞ! もし、禁を破れば、一族朗党、皆殺しにするゆえ、ゆめゆめ忘るるな!』……などと鬼のような形相で仰せになって……。
皇太后様ということですから、登華殿の女御さまの事だと思いますけれど、一体、早良さまは何を口止めなさったのでしょう?」
鷹峯院が、目を丸くした。
「早良が、アナタの夢の中で言っていたの?」
「ええ、そうです」
「アナタ、多分、もの凄い霊力の持ち主よ。そうでなかったら、中将が、フラフラしていられるわけがないわ。……アナタのその見た夢幻は、おそらく真実でしょう」
鷹峯院は、すっくと立ち上がった。
「御所様?」
「嵯峨野へ参ります。山科の姫、それと、中将、春丸。私の供をしなさい……小宰相は、嵯峨野へ先触れを」
嵯峨野。
おそらく、天下無双のシスコンとして名を馳せた、『嵯峨野の太閤』こと藤原忠宗さまのお邸だ。
早蕨は、お留守番……ね。
だって、牛車、五人は乗れない。
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