112 / 186
第五章 後宮からの逃走
11.琵琶を奏でる
しおりを挟む何はともあれ、源大臣家では、盛大な宴が催された。
私は、その傍らで、装束に香をたきしめているところなんたけど、御簾をおろした簀にいると、廊下には、陽が楽器を抱えてやってきた。
「鬼ちゃんが、琵琶を弾いてくれたら、僕も、父上にアピールしやすいんだよね~」
陽の言うことは良く解らないと、思っていたら、早蕨が解説してくれた。
「姫さまの身分ですと、源大臣家では不釣り合いですからね。姫さま、ご本人が、帝の覚えめでたく……とくれば、姫さまと陽さまの間に産まれた姫ぎみを、入内させると言うこともかないましょうし、そうなったときに、姫さまが、宮中で、ないがしろにされないようなお立場ならば、寵愛をたまわることも、十分に考えられますから。
そうなると、琴や箏の腕前も、そうですけれど、琵琶がお出来になるのは、大きゅうございますわ」
陽ったら……。本気で、私に求婚してたのね。幼馴染みだから、あんまり、ピンと来なかったわよ。
第一、私は、身分卑しき鄙住まいですもの、ねえ。
「鬼ちゃん、合奏しよう?」
陽が持っているのは、横笛だ。
「わかったわ」
合図をしあって、楽器の演奏を始めれば、陽が、かなりの横笛の名手であると気づいた。
高く響く澄んだ音の清げなことには、私も、ぼうっとしてしまう。
私は、こうなったら引き立て役に徹しよう! と、控えめに琵琶を弾く。
あんまり、得意でない私の琵琶が、今日は、ずいぶん良く聞こえる。
気が付いたら、世界からは音が消えて、月の光が地上に降る音が、さらさらと聞こえてきそうなほど。
そこで、私と陽の奏でるだけが、響きあうみたいだ。
月の雲海の上……。
この世でない場所を、私は想像する。
青ざめた光に、冴えざえと照らされた陽の横顔は、幼さがすっかり消えて、とても綺麗だった。
最後の音が消えていくのを、名残惜しく感じながら演奏を終えると、あちこちから、嘆息が聞こえてくる。
「姫さま、本当に、腕をおあげになりましたわね」
「正直、私は、山科の姫さまが、こんなに素晴らしい弾き手とは、思いませんでした……」
小鬼は、まなじりを押さえる。
そこから、涙が一筋、流れていた。
「あら、小鬼さん、お泣きになって」
という中将も、涙声だった。
「ええ、山科の姫さまの琵琶が、どなたか、懐かしい方を思い出すようで……。涙が止まらなくなってしまいました……」
「あら、小鬼さんも? 私も、なのよ? 懐かしい……本当に、懐かしい……」
小鬼と、中将は泣き初めてしまって、しんみりしている。
「まあ、私も、存外巧く弾けたから、これは、陽のお蔭だわ~とか、おもったけど」
「なにか、この二人の琴線に、触れたんだろうねえ。でも、僕もちょっと、懐かしい感じがしたな。今度、僕も、鬼ちゃんのご両親に挨拶がしたいから、八条のお邸に一緒に行こうね?」
うん、わかった、と言いかけて慌てて口をつぐむ。
あっぶなーい、うっかり、求婚オーケーするところだったわ。
とにかく、私は! 今は、それどころじゃないんだってば!
0
お気に入りに追加
266
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる