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第五章 後宮からの逃走
7.バッタ二百匹事件
しおりを挟むあの帝……私に、山吹という呼び名を与えて、宮中にまでお召しになった、あの帝が、私を呪ってる。
顔を知ってる人に呪われるのは、ちょっと、辛いなあ。
「でも、なぜ……あの方が、山科の姫さまを呪わなければならないのです?」
小鬼は、首を傾げた。
「さあ、それは、君の主のほうがご存知なんじゃないか? なにか、事を起こすんだろう? それなら、私は、関白として、見過ごせない。
帝が、私の敵かも、しれないが……それ以上に私は、あの方の関白だ。
事実を確認した上で、国が乱れないような対応を取らなければならないんだよ。それは、解るね? 継春」
いつになく、関白殿下は、真面目だ。
小鬼も、表情を引き締めて、私の膝からはなれて、
「はい」
と答えた。
「しかし、手っ取り早くあの方が、君を呪ってると、認めて……呪詛を取り止めてくれないかなあ……」
うん、それ、割りと急務です。
「まあ、鷹峯院で、なにか解るかもしれないし、鬼の君も、色々と探っておいでなのだろうから……」
「ええ! 一刻も早く、鷹峯院へ参ります!」
思わず立ち上がりかけた私を、関白殿下が片手を上げて制した。
「ちょっと、まちなさい」
「え?」
戸惑う私を他所に、関白殿下は、おもむろによこになって、私の膝を枕にしてしまった。
「この、緊急時に!」
心の声が、思わず漏れてしまったじゃないか!
しかし、関白殿下は、引かない。
「だって継春だけ、ずるいでしょう?」
「いや、そーじゃなくて、ですね!」
「なあに?」
「まずは、私の呪いを解くのが最優先ですっ!」
構わずに立ち上がった私の膝から、関白殿下の頭が落ちる。
不意討ちに、関白殿下の頭が、床を打つ。
ガコン、と鈍い音が響いて、烏帽子がズレた。
「なにするんだい、もう!」
関白殿下はぷりぷりと怒っていたが、私も、容赦はしない。
「まずは、私の呪いを解くのが最優先!」
「ちょっとくらい、膝枕してくれてもいいじゃない。源大臣邸なら、私が馬で送ってあげるから」
「牛車で行きますわよ!小鬼も、早蕨も、中将もいるんですからね」
と、関白殿下の表情が曇った。
「継春と、ベタベタしながら行くのか。そんなに、そいつが良いの? 高御座の中に、バッタを二百匹も放り込んで、しこたま怒られた馬鹿だよ? そいつは!」
高御座と言ったら、帝のご座所じゃない! 一体、どんなイタズラよ!
小鬼も、一体、どういう生活してるのよ!
……ん? もしかして、小鬼ったら、結構、年上?
「あれは、私ではなく、主がやったイタズラだ! しかし、なんで、関白、あなたがそれを知っているんだ!」
……主って、鬼の君ですよね……?
「だから、交換日記やってたでしょうが。鷹峯院が主上だったころ!
一緒に、皇后宮の花園の奥に、幽霊が出るって聞いて、肝試しもして、しこたま怒られたこともあったのに!
薄情者め!」
「えーあー! あった! 確かに肝試ししたら、あれだ、秋ちゃん、びゃーびゃー泣いて!」
秋ちゃん?
「秋ちゃん! 懐かしいなあ。そう呼んでたの、継春だけだもんねえ。
ああ、山吹。私の幼名が、秋丸というんだ。こっちは、春丸。
秋春コンビで何時も一緒に、童殿上してたんだよ。もう、私たちはいたずらが酷くて、オイダサレたけどね!」
童殿上って、行儀見習いの為に入るとこですよね?
なのに、追い出されていいのか?
大体、なんで、幼馴染みなんだろう?
橘氏で、鬼の君のそば仕えならば、身分は高い方なんだろうけど。
「肝試し、怖かったなあ。ほら、昔、自害した内親王の霊が出て、来るもの来るもの、殺すだとか……」
「ああ、あれは、あんたのじい様に、すごい怒られたなあ」
「本当に、嵯峨野の太閤が、あんなに怒ることなんかなかったなあ」
なに、しみじみしてるんだか。
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