上 下
105 / 186
第五章 後宮からの逃走

4.牛殺しの君

しおりを挟む



 私の膝に縋り付いて嘆いている小鬼は、なんとも、哀れだった。

 そもそも、主が自由すぎる。

 その自由すぎる主が、元・帝という身分なのだから、小鬼も嫌になるだろう、いろいろと。

「えーと、いろいろ、大変ね?」

「そうなんです。もう、本当に……、伊勢の御方は……、毎日毎日、私の装束を剥ぎ取って……っ」

 えっ、ちょっと! なんか、いかがわしいことをなさっているわけじゃいわよね!

 斎宮さまと言ったら、神聖な女君じゃない!

「こ、小鬼っ!」

「そうなんですっ! 毎日毎日、私は、着せ替え人形の如く、女物の装束やらなにやらを着せられて……ううっ」

「……はあ」

「なんですか、それはっ! 私は、本当に、毎日辛かったんですよっ! あの伊勢の御方は、我が主も着せ替えしようと思っていたのに、あの方は、とっととご自分だけお逃げになって、漁師まがいの生活をっ!」

 えーと……、鬼の君なら、きっと、女装してもウツクシイトオモウヨー。

 私は、眩暈がしてくるのをなんとか堪えながら、小鬼をねぎらった。

「あなたも、苦労したのね(八年も)」

「そうなんですよっ! ……酷いじゃないですか! 私は、この通り、いつまで経っても、線が細かったから、いつも、いっつも! 女房装束着せられてましたよ! 私ねぇ、五節の舞姫の格好だってしたことありますよ!
 もう、伊勢に天女が舞い降りたって、そりゃあもう、評判でっ!」

 私は―――鬼の君と、それほど深くお話ししたことはないけれど、きっと、鬼の君は、そんな小鬼を見て、腹を抱えて爆笑されていたと思います。

「私宛の求婚が、一体何通来たことかっ!」

「えー、それ、羨ましい~。私なんて『鬼憑きの姫』とか呼ばれて、縁談ゼロよ? なんか、今、モテ期だけど」

「そりゃあ、あなたに縁談があるはずないですよ」

 小鬼が、なにやら不穏なことを言い始めた。

「なにそれ」

「だって、あなたが『鬼憑き』だって噂、執拗に広めたの、私の主ですから」

 な、ん、だって!

 鬼の君が、一体、何でそんなことをっ!

「おかしいと思いませんでしたか? そんな噂、八年もずーっと引きずってるんですよ? 普通、人の噂なんて、二三年で消えますよ。それこそ、政治まで揺るがしかねない大醜聞スキャンダルとかだったら、永遠に残りますけどね」

「確かに、それは、おかしかったのね。私、全く気がつかなかったわ!」

「ええ。気付かないでしょう。……あの方、『魚売り』として伊勢から京に入って、その都度、噂をまめまめしく広めていたのですから」

「元・帝に何させてんのよ、アンタ!」

「……だって、あの方、言い出したら、絶対に聞かないですよ? ……第一、あの時だって、『じゃあ私は切腹する!』とか言い出したと思ったら、牛一頭シメて、その血をぶちまけて遁走ですよ! あり得ます? みんな、あの人のお上品な顔に騙されてるんだ!」

「ちょっと、整理させてね? ……えーと、鬼の君は、八年前の『事件』で、自死という決定が下ったあとに、牛一頭を殺して、その血を使って、切腹偽装した……と」

 それならば、話は合っている。

 関白殿下は、切腹したご遺体を見つけられなかったと言っていた。

 その真相が、今ここにっ!

「そうなんです。まあ、『敵』も、流石にバカじゃないんで、そのあと、検非違使おっ立てて、山科まで来ましたけどね」

「ねぇ、あなた、今『敵』って言ったわね?」

 そう、私は、聞き逃さなかった。

「あなたの―――あなた方のいう、『敵』は、一体、誰なの?」

 私は、ごくり、と生唾を呑み込んだ。

 その敵こそが、鬼の君の母君―――登華殿の女御様を呪詛したという真犯人だろう。

「言いなさい、小鬼っ!」



しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

身代わり皇妃は処刑を逃れたい

マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」 新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。 1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。 2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。 そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー… 別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

処理中です...