鬼憑きの姫なのに総モテなんて!

鳩子

文字の大きさ
上 下
102 / 186
第五章 後宮からの逃走

1.普通の姫君は、呪われたりしない

しおりを挟む

 牛車に揺られながら、私は落ち着かない気分で居た。

(あなたが心配でならないけれど……、どうやら、ここにいても、事態は変わらなそうだし。とりあえず、鷹峯院に行けば、あなたにかけられた呪いのことは、何か解ると思う。
 もうそろそろ、鶏が鳴くから……あなたは早く仕度をして……)

 直親さまは、そう言って、私の額に口づけを落とした。

 おかげで、いまも、額が熱い―――ような気がする。

 直親さまの言う通りに、私は一度、後宮離脱。淑景舎には、私と身の丈が似た者を影武者としておいてきた。

 こちらは、関白殿下のお計らい。

 そして、今は、関白殿下の用意して下さった牛車(四人乗り)で、一旦、山科の我が邸へ向かっているところだ。

 なぜ、山科か―――と言ったら、関白殿下の、なにか訳知りそうな言葉のせいだ。


『あの香を、たきしめてから鷹峯院の所へ行くと約束してくれたら……』


 関白殿下は、そして続けたはずだ。


『私も、帝も、その薫りで、すぐにあの方を思い浮かべた。だから、その薫りは、完璧に作られていたと言うことだし、あなたに似合っていたのだ。だから、中々、気付くのに遅れた。
 おそらく、上皇は、その薫りを聞けば、何か、ご存じのことをお教え下さるかも知れない。少なくとも、私たちの味方かどうかは解る』


 はい、私にとって、結構ハイリスクローリターンな賭に出ることになったのですよ。

 牛車の中には、早蕨、中将、そして女房装束フルセットを纏った小鬼。おそらく、現状、小鬼は、男だと気付かれていない。

 私は、隣に座る小鬼に、そっと耳打ちした。

「ねぇ、小鬼、なんとか、鬼の君にはお会いできないの? 鬼の君は、一体、何がお望みなのよ」

「申し訳ありませんが……」

「だって、鬼の君って、二条廃帝なんでしょう?」

 びくっと、小鬼の肩が揺れた。

「なぜ……」

 それを、と聞きたかったのだと思うけど、早蕨が私を睨み付けて、

「姫さま。また、何か隠し事ですか?」

 と険しい声で聞いてきた。

「か、隠し事なんて……」

「いいえっ! 姫さまは、今、見知らぬ殿方の移り香を漂わせておいでです! 破廉恥ですっ!」

 早蕨は、うわああ、と泣き崩れてしまった。私のほうが、うわああ……な気分です。

「だから、私が、何者かに呪われて、仕方がなく、直親さまが、身固めで私を守ってくれたって……言ったじゃない!」

 事実だけど、我ながら、ヒドいな……と思っていると、早蕨は、さらに大音声で、嘆き始める。

「そんな、めちゃくちゃな話がありますかっ! 大体、なんです、その『身固め』という怪しげな術はっ! ただ単に、陰陽師が、姫さまを一晩中抱きしめて、あちこちの匂いをかいだり、体中弄ったり、顔とか髪とかに口づけを落としたいから、そんな大嘘をブッこいたに決まってますわーっ!」

 や、やめようよ……、早蕨。

 私も、直親さまの大先輩、晴明さんとかいう人の話を聞いたときには、多分、『そう』何じゃないかと思っていたけど、少なくとも、直親さまは、本気で真剣だったよ?

 しかし、真剣に抱きしめていた―――というのも、それはそれで、誤解を招きそうな表現ではある。

 確かに、直親さまの移り香が漂っているのよね。

 だから……目を閉じていると、直親さまに、まだ、抱きしめられているような心地になる。―――ちょっと、恥ずかしくて、頬が火照ってしまう。

「あの、お姉様方……」

 おずおずと、小鬼が口を開く。唐菓子スイーツ攻撃以降、小鬼は、女房達に逆らう気をなくしたらしく、『お姉様』などと呼んでいる。

「なあに、小鬼ちゃん」

「あの、私、その……『身固め』というのを、書物で見たことがありますわ……。ですから、陰陽師殿は、やましい気持ちで術を行ったわけではなくって、お姉様方のお姫様を、心底お助けしたい気持ちだったのだと思います……」

 小鬼は、たおやかに言う。

 これは……これだけ見ていても、絶対に、男だなんて気がつかない! 私が男だったら、求婚の文の十通くらい立て続けに送りたくなるような美少女ぶりだ。

「まあ……そうなの……。小鬼ちゃんは、博識ねぇ」

「私なんて……そんな……」

 恥ずかしがる姿も、完璧美少女。

 うん、これなら確かに、周りに曲者が居ても、なんとかなるだろう。

 しかし、小鬼って、なんか、戦えるのかなあ……。鬼の君の話では、お魚も捕れないようなことを言っていたけど。

「けれど、姫さまが呪われるだなんて、なんて怖ろしい事が起こっているのかしらね……」

「ええ。普通の姫君は、呪われたりしませんものねぇ」

 早蕨と中将は、深々と溜息を吐いた。

 悪かったわね! フツーの姫君とはほど遠くってっ!

 私は、ちょっと膨れっ面をしながら、牛車に揺られて山科へ向かったのだった。



しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

魔術師の妻は夫に会えない

山河 枝
ファンタジー
 稀代の天才魔術師ウィルブローズに見初められ、求婚された孤児のニニ。こんな機会はもうないと、二つ返事で承諾した。  式を済ませ、住み慣れた孤児院から彼の屋敷へと移ったものの、夫はまったく姿を見せない。  大切にされていることを感じながらも、会えないことを訝しむニニは、一風変わった使用人たちから夫の行方を聞き出そうとする。 ★シリアス:コミカル=2:8

おじさんは予防線にはなりません

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」 それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。 4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。 女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。 「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」 そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。 でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。 さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。 だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。 ……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。 羽坂詩乃 24歳、派遣社員 地味で堅実 真面目 一生懸命で応援してあげたくなる感じ × 池松和佳 38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長 気配り上手でLF部の良心 怒ると怖い 黒ラブ系眼鏡男子 ただし、既婚 × 宗正大河 28歳、アパレル総合商社LF部主任 可愛いのは実は計算? でももしかして根は真面目? ミニチュアダックス系男子 選ぶのはもちろん大河? それとも禁断の恋に手を出すの……? ****** 表紙 巴世里様 Twitter@parsley0129 ****** 毎日20:10更新

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南
恋愛
豆原あずきは、豆の聖女として豆愛が深すぎる異世界に招かれた。 「開け豆」の言葉と共に強制睡眠の空豆のベッドや聖なる供物のあんこを呼び、日本に帰るために神の豆を育てる日々。 王子の優しさに淡い好意を抱くが、これは豆への愛なので勘違いしてはいけない。 「アズキの心の豆型の穴、俺に埋めさせてください」 「……これ、凄くいいこと言っているんだろうけど。何か緊張感がなくなるのよね。主に豆のせいで」 異世界で豆に愛される聖女になった女の子と、豆への愛がこじれて上手く伝えられない王子のラブコメ……豆コメディです。 ※小説家になろうにも掲載しています。

主の兄君がシスコン過ぎる!

鳩子
恋愛
時は平安。 関白家の姫君にお仕えする女房(侍女)の早苗は、 姫君の幸せの為に働いているのに、 姫君の兄君(関白殿下)が、シスコンゆえに邪魔ばかり。 なんと妹可愛さに、東宮との婚約破棄を勝手にする始末・・ そして、事態は、思わぬ方向に、……。 果たして、早苗は、シスコンの魔の手から、主を、守りきることは出来るのか!? 全十話くらいのお話しです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

哀―アイ―

まるちーるだ
ファンタジー
昔々のお話―。 そこでは鬼と、人、二つの種族があった。 これは人を恐れさす鬼。 その長である大江山の酒呑童子と、その腹心である茨木童子のお話。 そして、茨木童子には酒呑童子へ隠し立てして居ることがあった。 儚くも美しい人ならざる者同士の哀しき物語。

処理中です...