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第四章 後宮には危険が一杯!
26.帝のお気に入り?
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帝のお気に入りの僧、か……。
だとしたら、こんな後宮をフラフラ歩いていても、不思議なことではないだろうけど。
「関白殿下は、あんまり、その鉉珱なる僧がお好きではなさそうですわね」
「なんで、私が、あんな僧を好きこのみますか」
「いや、あんた個人の好き嫌いじゃなくてだな……件の僧の事を、何か知らないのか? あちらは、帝のお気に入りなのだろう?」
陰陽師殿が、突っ込む。
「いや、なんだか、あの鉉珱という僧は、どうも、こちらを毛嫌いしているようで……殆ど、会話にならないんだよ。そうなったら、本当に仕方がない。
私だって、帝のお気に入りと、波風を立てるはずがないだろう。とは言っても、あの帝が、本当に『お気に入り』と思って居るかなんて、知らないけどね。
あの人は、誰も寄せ付けない。そんな中で、よく『ご相談』だとかでお召しになるのが、あの僧だよ」
まあ、そういう感じの人なのか。
「単純に嫌われているって言うのも、地味に辛いですね」
お気の毒に……、と陽は、心の底から言っているのが、ちょっと怖い。良くも悪くも、陽は、『天然』だ。
「君に言われたくないよ」
「しかし、関白殿下には、普通に考えて敵が多いだろう。現時点では、一番的になり得るのが、お前じゃないのか、左兵衛大尉」
「えっ、そうなの? 僕は、割と、関白殿下は、嫌いじゃないよ?」
きょとん、とした顔で陽は言う。
「いや、好き嫌いの話ではなくて、だな……ほら、二条関白家は、登華殿の女御様と言われた、鷹峯院の女御様や、朱鳥帝の女御様などを輩出されて……朱鳥帝、鷹峯院、二条廃帝、今上帝までが、二条関白家の女御がお上げになった帝だと言うことは、お前も知って居るだろう」
「それは、知らない公家が居たら、お目に掛かりたいもんだね」
「うん。そこにきて、今上帝は、源家から女御をお迎えになって、以降、女人を全く寄せ付けない。とくれば、二条関白家は、源家が一番目障りであることは、明白だろう。
当の本人達が、のほほんとしていても、周りはそう見る。現に、私は、そう見た」
関白殿下と陽が顔を見合わせて、ばつが悪そうに目をそらした。
「ちょっと、陰陽師殿……いきなり、変なことを言わないでよ。大体、話がそれてるわよ。その、鉉珱っていうお坊様のことは、それ以上何も知らないの?」
「私が知って居るのは、どうも、どこかの高僧の稚児まがいまでやりながら、今の地位まで上り詰めたという話を聞いたことがある」
「稚児……」
稚児って、アレよね。基本、女犯が許されてない僧たちが(特に、高僧が)、童を『稚児』として迎え入れて、女の代わりに閨の相手をさせるんだとかなんとか……。
まあ、今の時代、どこに敵が居るか解らない状態だから、割と、男の恋人を囲っているというのは有りなんだけどね。
美少年を何人も侍らせてる貴族も居るとか聞いたことがあるわよ。
「鉉珱は、どういう出自なのだろうな」
関白殿下が、首を傾げた。
「そうだな。確か、件の寺に拾われたらしいことを聞いたことがある」
「なんだか、詳しいね。陰陽師殿」
「当たり前だ。本来ならば、我ら陰陽寮が担当すべき卜占の代わりに、あやつが加持祈祷などをするなどと言って、退けられたことが何度もある。卜占の代わりが、加持祈祷に務まるかっ! まったく、あやつは、色々と口先八丁に丸め込むのが上手いのだ。
うちの上司などは、気が弱い方だから、すぐに、アレに何か言われて飲まれて帰ってきて、陰陽寮で大暴れするのだから、全く迷惑だ!」
「鉉珱殿は……僕はよくは知らないけど、たしか、今上帝が、まだ親王だった頃……だから、二条廃帝が帝位におられた頃には、もう、あの僧は、今上帝のお側近くに居たと思います。そんなことを、聞いたことがありますから」
とは、陽だ。
「聞いたことがあるとは?」
「僕は、そもそも、童殿上していたから、このあたりのことは、いろいろ知って居るんだけど。その時に、女房さんたちが、鉉珱殿の事をみて、きゃあきゃあ黄色い声を上げていたのを覚えているから」
童殿上は、良家の子息が、宮中の作法を見習うために、昇殿を許されて働くことだ。そういえば、陽は、やっていたと言っていたわね。
私は、ここで童殿上人を見ていないけれど、赤色の袍を着用しているはずだ。
「そうか。君は、童殿上していたね……それで、知ったか。その他は、なにか、知らないかい?」
「そのくらいです。……ただ、今上帝と、鉉珱が親密そうにしていたのと……ああ、そうだ。姉上のところにも、殊更豪華なお祝いなどを下さったはずですよ」
「祝い? 何の」
「東宮殿下のご生誕がありましたから、それだと思います」
「そうか……」
関白殿下は、溜息を吐いた。
そして、その、お見舞いからしばらく経って、女御様は、亡くなるのよね。
幼い東宮殿下を残して泉下に下られるのは、さぞやご無念だっただろう。
だとしたら、こんな後宮をフラフラ歩いていても、不思議なことではないだろうけど。
「関白殿下は、あんまり、その鉉珱なる僧がお好きではなさそうですわね」
「なんで、私が、あんな僧を好きこのみますか」
「いや、あんた個人の好き嫌いじゃなくてだな……件の僧の事を、何か知らないのか? あちらは、帝のお気に入りなのだろう?」
陰陽師殿が、突っ込む。
「いや、なんだか、あの鉉珱という僧は、どうも、こちらを毛嫌いしているようで……殆ど、会話にならないんだよ。そうなったら、本当に仕方がない。
私だって、帝のお気に入りと、波風を立てるはずがないだろう。とは言っても、あの帝が、本当に『お気に入り』と思って居るかなんて、知らないけどね。
あの人は、誰も寄せ付けない。そんな中で、よく『ご相談』だとかでお召しになるのが、あの僧だよ」
まあ、そういう感じの人なのか。
「単純に嫌われているって言うのも、地味に辛いですね」
お気の毒に……、と陽は、心の底から言っているのが、ちょっと怖い。良くも悪くも、陽は、『天然』だ。
「君に言われたくないよ」
「しかし、関白殿下には、普通に考えて敵が多いだろう。現時点では、一番的になり得るのが、お前じゃないのか、左兵衛大尉」
「えっ、そうなの? 僕は、割と、関白殿下は、嫌いじゃないよ?」
きょとん、とした顔で陽は言う。
「いや、好き嫌いの話ではなくて、だな……ほら、二条関白家は、登華殿の女御様と言われた、鷹峯院の女御様や、朱鳥帝の女御様などを輩出されて……朱鳥帝、鷹峯院、二条廃帝、今上帝までが、二条関白家の女御がお上げになった帝だと言うことは、お前も知って居るだろう」
「それは、知らない公家が居たら、お目に掛かりたいもんだね」
「うん。そこにきて、今上帝は、源家から女御をお迎えになって、以降、女人を全く寄せ付けない。とくれば、二条関白家は、源家が一番目障りであることは、明白だろう。
当の本人達が、のほほんとしていても、周りはそう見る。現に、私は、そう見た」
関白殿下と陽が顔を見合わせて、ばつが悪そうに目をそらした。
「ちょっと、陰陽師殿……いきなり、変なことを言わないでよ。大体、話がそれてるわよ。その、鉉珱っていうお坊様のことは、それ以上何も知らないの?」
「私が知って居るのは、どうも、どこかの高僧の稚児まがいまでやりながら、今の地位まで上り詰めたという話を聞いたことがある」
「稚児……」
稚児って、アレよね。基本、女犯が許されてない僧たちが(特に、高僧が)、童を『稚児』として迎え入れて、女の代わりに閨の相手をさせるんだとかなんとか……。
まあ、今の時代、どこに敵が居るか解らない状態だから、割と、男の恋人を囲っているというのは有りなんだけどね。
美少年を何人も侍らせてる貴族も居るとか聞いたことがあるわよ。
「鉉珱は、どういう出自なのだろうな」
関白殿下が、首を傾げた。
「そうだな。確か、件の寺に拾われたらしいことを聞いたことがある」
「なんだか、詳しいね。陰陽師殿」
「当たり前だ。本来ならば、我ら陰陽寮が担当すべき卜占の代わりに、あやつが加持祈祷などをするなどと言って、退けられたことが何度もある。卜占の代わりが、加持祈祷に務まるかっ! まったく、あやつは、色々と口先八丁に丸め込むのが上手いのだ。
うちの上司などは、気が弱い方だから、すぐに、アレに何か言われて飲まれて帰ってきて、陰陽寮で大暴れするのだから、全く迷惑だ!」
「鉉珱殿は……僕はよくは知らないけど、たしか、今上帝が、まだ親王だった頃……だから、二条廃帝が帝位におられた頃には、もう、あの僧は、今上帝のお側近くに居たと思います。そんなことを、聞いたことがありますから」
とは、陽だ。
「聞いたことがあるとは?」
「僕は、そもそも、童殿上していたから、このあたりのことは、いろいろ知って居るんだけど。その時に、女房さんたちが、鉉珱殿の事をみて、きゃあきゃあ黄色い声を上げていたのを覚えているから」
童殿上は、良家の子息が、宮中の作法を見習うために、昇殿を許されて働くことだ。そういえば、陽は、やっていたと言っていたわね。
私は、ここで童殿上人を見ていないけれど、赤色の袍を着用しているはずだ。
「そうか。君は、童殿上していたね……それで、知ったか。その他は、なにか、知らないかい?」
「そのくらいです。……ただ、今上帝と、鉉珱が親密そうにしていたのと……ああ、そうだ。姉上のところにも、殊更豪華なお祝いなどを下さったはずですよ」
「祝い? 何の」
「東宮殿下のご生誕がありましたから、それだと思います」
「そうか……」
関白殿下は、溜息を吐いた。
そして、その、お見舞いからしばらく経って、女御様は、亡くなるのよね。
幼い東宮殿下を残して泉下に下られるのは、さぞやご無念だっただろう。
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