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第四章 後宮には危険が一杯!
2.宮中は、とにかく広いんです
しおりを挟む勘解由さんとお話ししている間に、やっとの事で二条の姫さまが追いついた。
「お……二人とも、早い……です……わ!」
息が上がっている。顔が真っ赤に上気していて、かなり可愛い。
「あのなあ、仕方がないだろう? この宮中、ちんたら歩いていたら、日が暮れるんだよ。私らは、あっちによばれ、コッチに呼ばれ……で大変なんだ。おかげで、長袴がすり切れるったら」
……うわー……。
「ま……あ、そうとは、知らずに失礼を……。勘解由さまは、毎日、……この広々とした宮中を駆け回って、おいでなのです、ね……」
はあはあ、と二条の姫さまは、息も絶え絶えで苦しそうだ。
「アンタ、大丈夫かい? なんなら、この近くに関白の直廬があるから、休んでいこうか」
おおい、勝手に良いのかい!
突っ込みたかったけれど、ちょっと、直廬とやらには興味はあったし、さっきから、頭痛もしてきた。
ちなみに直廬っていうのは、宮中に賜ったお部屋のことね。
「まあ、嬉しい。すこし、休まないと、私、こんなに、あるいたこと、ないのですもの」
「あー、アンタ、それじゃ、出仕は辛いぜ? 結構、お后さんたちも、歩き回るはずだからな。なんてったって、お召しがあったら、主上の所までいかなきゃならないし、儀式のたびに、やれあっちだのこっちだの……」
ケラケラと、勘解由さんは笑う。
本当に、優雅とかそう言うのとは、全く縁遠い雰囲気で、気が楽になる。
私は、自分の装束を見遣って、胆が冷える思いになった。
この勘解由さんでさえ、色を聴されてはおらず、萌黄色の唐衣。勿論、二条の姫さまも、色を聴されて居ないので、浅黄の唐衣だ。
なのに、私一人で、これ見よがしに『赤』!
色を聴されて、名前まで頂いて? ……これは、
『私、帝のお気に入りですけど、何か? ふふん』
と吹聴して歩いているようで、痛い!
私は、もう、このまま、回れ右して引き返そうかと思うほど、帝の前に出るのが嫌になってしまった。
「参内は疲れるだろ。関白さんに甘えて、休もうぜ……私の所の女房に、木菓子でも持ってこさせるから」
「まあ! 嬉しい」
「あ、あのー」と私はついつい、申し出てしまった。「直廬をお借りするお礼に、関白殿下にも、木菓子をお裾分けできますか?」
「ん? ああ、構わんよ。あの人、アレで、スイーツ男子だから! ……って、悪い意味じゃないぞ、アンタの兄貴だもんな。仕事カンペキのイケメン関白が、実はスイーツ男子っていうギャップが良いのよ! 尊いわ! という女房がいてだな」
「あら……兄上は、女房達に嫌われているのだと思っておりましたわ」
「なんでだい?」
「なんだか、閉じ込められたり、儀式の時にも裾をふまれたりしていたと、仰せでしたから」
イジメに近いな……。と思ったけど、閉じ込めに関しては、先ほど、勘解由さんが真相を語ってくれたから。これはまあ、帝が悪いので、関白殿下は、まるっきりのとばっちり。
裾をふむのは、ちょっと……と思っていたら、勘解由さんが、微妙な表情をした。
「いやあ……妹のアンタの前で言うのも変なんだけど……、関白は、一部の女房達から、『困り顔が見たい』とかいう理由で、いろいろ、ちょっかいを受けているんだよな……。関白が気にしているようなら、女房達を遠ざけるようにはするが、どうだろう」
「あ、それでしたら大丈夫です、うちの邸にもそういう女房はいるので」
いるのかい!
「あ、そう……ならいいが……ちなみに、スイーツをこっそり食べている関白を影からこっそりのぞき見するのが趣味という特殊な女房達も居るが……」
なんか、関白さん、濃いのに好かれてるな。
困り顔が見たい、とか、スイーツ食べてるところがイイ……なんて、ちょっと、変質者の領域だろう。
「そんなわけで、嫌われているわけではなく、むしろ、絶大な人気を誇っているから、そこは気にするな」
勘解由さんは、やっと息の整った二条の姫さまと私を引き連れて、関白殿下の直廬へと立ち入る。
ここは、関白殿下が個人的に賜っている執務室なので、関白殿下の側付の女房だとかが、部屋には控えていたりする。でないと、いざ、装束を脱いで休んだあとに、装束が着れない! なんて事になるかも知れないからね。
―――とはいえ、ここの女官さんたちなら、小袖一枚で、アタフタする関白殿下を見て、にやにや笑っていそうで怖いけど。
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