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第四章 後宮には危険が一杯!
1.いざ、後宮へ!
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ああ、眠い。
女房装束フルセットは、ひどく重いのに、御所たるや、延々延々と続く、果てしない廊下で、車寄せから入ったものの、主上のおわす清涼殿は、目眩がするほど遠いのに、私は、寝不足で、眠くて仕方がない。
しかも、大きな檜扇で顔を隠しながらのことだから、手も疲れる。
あーもう! どこの馬鹿が女は顔を見せないなんて、決まりを作ったんだろう!
「山吹の、顔色が悪いようだが、具合でも悪いのか?」
声を掛けて下さったのは、尚侍さま。帝が重用なさる方で、出仕名は、勘解由さまとおっしゃる。
二十五六くらいになるので、まあ、年増なのだけど。(多分、千年も経つと、価値観は変わると思うけど、十二、三で子供を産むことだってある私たちにとっては、この年齢は年増になってしまうのだ……)
けれど、流石に、宮中で働くだけあって、美人。長い髪も黒々として艶やかだし、女房装束も私と違って着慣れている感じがする。
この人は、尚侍なので、後宮にある『内侍司』という役所の、長官である。つまり、御所で働く国家公務員なのでバリキャリだ。身分もお給料も、相当、高いはずだし、宮中に仕える女嬬を取り締まっている。
ちなみに、この『内侍司』というところに、『三種の神器』として名高い『八咫鏡』があるという。
ちょっと……見てみたいよねー。
「いえ、初めて御所に上がりましたので、緊張のあまりに、目眩が」
如何にも、姫らしい回答だよね。下級公家の娘だけどさ。
「まあ、最初に来たヤツは、皆そういうことをいうから、吐きたくなったら、早めに言いな。盥くらい、用意してるよ」
なんだか、宮中の女官さんの、たおやかなイメージとかけ離れた方だなあ。
山育ちの私が追い付くのがやっとなスピードで歩いていくし。
案の定、二条の姫さまは、遅れている。一生懸命に、歩いている姿は可哀想だけれど、ちょっと、可愛い。
「主上は、無礼を働いても、まず、怒ることはないから、安心しな。まあ、……なにか、取り入ろうっても効かない人だけどな」
「そうなのですか? 私、主上は、とても親切な方だと思っていたのですけど」
「親切っ!」
勘解由さまは、ハンっと鼻で笑って、檜扇で私の肩を叩いた。
「あの方に、これほど似合わん単語を聞いたよ。あの方が、親切……。腹が捻れそうだから、冗談は止めてくれ」
「何だか、わからないですけど、何となく怖い感じはしましたけど、親切ではあったと思います」
「あの方は、何にも興味はないぞ? ご自身の実の皇子である、東宮殿下も、亡くなった女御さまも……」
亡くなった女御……こちらは、恐らく、源家の姫だった方だろう。
「源大臣の姫だった方、ですよね?」
「ああ。なんだ、知り合いか?」
「いえ、源家の次男と、幼馴染みなんです」
「そうか。……で、山吹。アンタ、主上に何を親切にされたんだい?」
「えーと……この『山吹』という名前は、主上が付けて下さったものなのです」
私が言うと、勘解由さんは「ええーっ!」と御所中に轟くような大音声で叫んだのだった。
「あ、あの方が、アンタに、わざわざ、名前を付けて下さったって?」
「はい。……だって、私、名を問われて、なんてお答えすれば良いかなんて、わからなかったものですから。山吹の花をお渡ししたんです………なんとなく」
勘解由さんは、私をじーっと見ている。
しばらく見た後、引きつった顔で私を見て、はあ、と深い溜息を吐いた。
「もしかしたら、アンタ、入内するかもねぇ」
「なんでそうなるんですか!」
「いや、考えて御覧よ。あの方、女御様を亡くしてこの方、まるっきり女っ気なしだよ?」
「お手つきの女官さんとかは?」
普通は、いると思うんだけどな。今の時代、一人の女だけと付き合うという感じじゃないし。
「あーあー、前々帝は、そういう方が沢山いらしたけどね、今の帝は、全くだよ。女に興味がないから、男が好きかと思ってさあ、気を利かして、関白を『夜御殿』(帝の寝室)に閉じ込めてみたけど、興味はなかったみたいだし」
関白殿下、お気の毒に……。
まさか、そんな理由で『夜御殿』に閉じ込められたなんて、露にも思わないだろう。
個人的には、ちょっと間違いが起きても面白かったと思うけどね!(多分、千年後くらいの一部のお姉様達は、理解を示して下さるだろう)
「そんなところに、あの帝から名前を賜った女が来たって聞いたら、そりゃあ、私ら女官は、全力で主上のサポートをするよ!」
「えっ? なんですか、それ」
「一応、あの人がご譲位でもしたら、女官は総入れ替えだからさぁ。もう少し長々稼いで、将来に備えたいのよねー。まあ、このまま行けば、東宮殿下が即位されるだろうけど」
おーい、勘解由さん、本音が見え隠れしてますよー。
なかなか、さばさばしている人だ。
きっと、この後宮を取り仕切るのに、サバサバしてないと、上手く回らないんだろうね。私は、ちょっと、接しやすいけど、並の姫なら、きっと、『怖い……』と思うんだろうなあ。
女房装束フルセットは、ひどく重いのに、御所たるや、延々延々と続く、果てしない廊下で、車寄せから入ったものの、主上のおわす清涼殿は、目眩がするほど遠いのに、私は、寝不足で、眠くて仕方がない。
しかも、大きな檜扇で顔を隠しながらのことだから、手も疲れる。
あーもう! どこの馬鹿が女は顔を見せないなんて、決まりを作ったんだろう!
「山吹の、顔色が悪いようだが、具合でも悪いのか?」
声を掛けて下さったのは、尚侍さま。帝が重用なさる方で、出仕名は、勘解由さまとおっしゃる。
二十五六くらいになるので、まあ、年増なのだけど。(多分、千年も経つと、価値観は変わると思うけど、十二、三で子供を産むことだってある私たちにとっては、この年齢は年増になってしまうのだ……)
けれど、流石に、宮中で働くだけあって、美人。長い髪も黒々として艶やかだし、女房装束も私と違って着慣れている感じがする。
この人は、尚侍なので、後宮にある『内侍司』という役所の、長官である。つまり、御所で働く国家公務員なのでバリキャリだ。身分もお給料も、相当、高いはずだし、宮中に仕える女嬬を取り締まっている。
ちなみに、この『内侍司』というところに、『三種の神器』として名高い『八咫鏡』があるという。
ちょっと……見てみたいよねー。
「いえ、初めて御所に上がりましたので、緊張のあまりに、目眩が」
如何にも、姫らしい回答だよね。下級公家の娘だけどさ。
「まあ、最初に来たヤツは、皆そういうことをいうから、吐きたくなったら、早めに言いな。盥くらい、用意してるよ」
なんだか、宮中の女官さんの、たおやかなイメージとかけ離れた方だなあ。
山育ちの私が追い付くのがやっとなスピードで歩いていくし。
案の定、二条の姫さまは、遅れている。一生懸命に、歩いている姿は可哀想だけれど、ちょっと、可愛い。
「主上は、無礼を働いても、まず、怒ることはないから、安心しな。まあ、……なにか、取り入ろうっても効かない人だけどな」
「そうなのですか? 私、主上は、とても親切な方だと思っていたのですけど」
「親切っ!」
勘解由さまは、ハンっと鼻で笑って、檜扇で私の肩を叩いた。
「あの方に、これほど似合わん単語を聞いたよ。あの方が、親切……。腹が捻れそうだから、冗談は止めてくれ」
「何だか、わからないですけど、何となく怖い感じはしましたけど、親切ではあったと思います」
「あの方は、何にも興味はないぞ? ご自身の実の皇子である、東宮殿下も、亡くなった女御さまも……」
亡くなった女御……こちらは、恐らく、源家の姫だった方だろう。
「源大臣の姫だった方、ですよね?」
「ああ。なんだ、知り合いか?」
「いえ、源家の次男と、幼馴染みなんです」
「そうか。……で、山吹。アンタ、主上に何を親切にされたんだい?」
「えーと……この『山吹』という名前は、主上が付けて下さったものなのです」
私が言うと、勘解由さんは「ええーっ!」と御所中に轟くような大音声で叫んだのだった。
「あ、あの方が、アンタに、わざわざ、名前を付けて下さったって?」
「はい。……だって、私、名を問われて、なんてお答えすれば良いかなんて、わからなかったものですから。山吹の花をお渡ししたんです………なんとなく」
勘解由さんは、私をじーっと見ている。
しばらく見た後、引きつった顔で私を見て、はあ、と深い溜息を吐いた。
「もしかしたら、アンタ、入内するかもねぇ」
「なんでそうなるんですか!」
「いや、考えて御覧よ。あの方、女御様を亡くしてこの方、まるっきり女っ気なしだよ?」
「お手つきの女官さんとかは?」
普通は、いると思うんだけどな。今の時代、一人の女だけと付き合うという感じじゃないし。
「あーあー、前々帝は、そういう方が沢山いらしたけどね、今の帝は、全くだよ。女に興味がないから、男が好きかと思ってさあ、気を利かして、関白を『夜御殿』(帝の寝室)に閉じ込めてみたけど、興味はなかったみたいだし」
関白殿下、お気の毒に……。
まさか、そんな理由で『夜御殿』に閉じ込められたなんて、露にも思わないだろう。
個人的には、ちょっと間違いが起きても面白かったと思うけどね!(多分、千年後くらいの一部のお姉様達は、理解を示して下さるだろう)
「そんなところに、あの帝から名前を賜った女が来たって聞いたら、そりゃあ、私ら女官は、全力で主上のサポートをするよ!」
「えっ? なんですか、それ」
「一応、あの人がご譲位でもしたら、女官は総入れ替えだからさぁ。もう少し長々稼いで、将来に備えたいのよねー。まあ、このまま行けば、東宮殿下が即位されるだろうけど」
おーい、勘解由さん、本音が見え隠れしてますよー。
なかなか、さばさばしている人だ。
きっと、この後宮を取り仕切るのに、サバサバしてないと、上手く回らないんだろうね。私は、ちょっと、接しやすいけど、並の姫なら、きっと、『怖い……』と思うんだろうなあ。
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