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第三章 千年に一度のモテ期到来?
7.陰陽師は突然に
しおりを挟むそして、三条の幽霊邸で迎える最初の夜になった。
「幽霊の女性、本当にでますかしら」
早蕨は、やけにうきうきしているので、私は、げんなりした気分になる。
「……出たらどうするのよ」
「そりゃあ、女性同士、仲良くしましょうって……ほら、姫さま、お友達も居ないでしょう? だったら、(幽霊でも)女性の友達が居た方がよろしいのですわ」
早蕨。カッコの中の本音が透けて見えるわよ!
「幽霊とは言え、こうした邸にて殿御を待っていたような方でしたら、きっと、なにか助言なども頂くことが出来るものでしょうし」
「まあ、女子力は高そうだよね……」
「そういう方ならば、きっと、高貴な方の躱し方なんかも、ご存じですわよ」
というか、そういう方が居れば、高貴な方は寄りつかなくなると思います。
「まあ、これでしばらく、のんびり暮らせますわ。……やっぱり、文なんかが届くと、あれこれと心ときめくものは有りますけれど、なんといっても、無碍に出来ない方の文というのは、困りますものねぇ」
その割に、早蕨は、二条のお乳の人という切り札を使っていたような気もするけどね。
そして、私は、早蕨と一緒に、久しぶりにゆったりとした心地で休むことが出来たのだ。
さて、異変が起きたのは、五日後のことだった。
「我が愛しき妻よ!」
と我が家の門を蹴破る勢いで邸に立ち入ってきたのは、陰陽師だった。えーと、名前は、惟宗直親。
「鬼が怖ろしいのならば、私に一言言えば、退治したものを! なにゆえ、あなたは、そういう水くさいことをなさるのだ。私たちは、衣を交わしあった仲ではないか!」
衣を交わしあった仲……と言ったら、普通は、その、男女の関係になったということよ。一緒に過ごした朝に、衣を交換する風習というのがあるのだ。
この間、単を置いて行ったことを言っているのだろうけど……。
「ちょっと! 私は衣をあげてないわよ!」
「成る程。確かに、私が衣を与えただけでは『交わした』ということにはならないな。ゆえに、あなたはとても正しい。女人で、このように理路整然と話が通じる方と言うのは、全く珍しい。やはり、私が恋に落ちた相手だけあって、ひと味違う」
最終的に、自分を褒めるところに持って行くという高等テクを見せつつの会話に、私は溜息を吐く。
「けど、陰陽師さん。どうやって、ここまでたどり着いたんですか?」
「ああ、それは、占いで。……こう見えても、私は、占いならば、百発百中だ」
「そんなことまで出来るの~? 陰陽道、便利すぎるでしょう!」
「当たり前だ。でなければ、この国が、陰陽寮などわざわざ儲けるはずもあるまい! ……しかし、妻殿。なにゆえ、あなたは、こんな、幽霊屋敷を求めたのだ。この程度の霊ならば、私が祓えば良いから、まあ、格安で邸が手に入るという意味では、良いのかも知れぬが」
「ちょっと、私の事を妻殿って呼ぶのはやめて下さい! 知り合って間もないんですからね!」
「なにをいう。他に通わせている男でもあれば話は別だが、あなたには男は居ないだろう。今のところ」
「そんなことを言って良いの? 私、今、帝と関白殿下から求婚されて居るんてすからね!」
「ははは、この間の『モテ期』の話を聞いたからと言って、そこまで、大嘘を吐く剛胆な姫は中々いないぞ」
私は、扇をパチンと鳴らした。察した早蕨が、帝と関白殿下からの文を見せる。
「なっ! これは……正真正銘の宸筆!」
「これで納得して頂けたかしらね。……さあて、あなたは、帝から入内を所望される姫に、手を出そうって言うの? そうなったら、朝敵よ?」
ここは、帝の威光を思いっきり利用させて貰うことにした。
まずは、この厄介な陰陽師は、なんとかしないと。
そして、陰陽師は、じいっと押し黙っていたが、意を決したように顔を上げた。
「よし。決めた。私は愛に生きる! 家ならば、程度の悪い兄が居るが、なんとか潰さない程度には頑張るだろう」
「なんでそうなんのよ! 私は嫌よ! 父様だって、兄様だってこの早蕨だって、巻き込まれることになるんですからね!」
「すべてをかなぐり捨てて、東国あたりに落ち延びよう。なに、ふたりで、慎ましやかに暮らせば、それなりに生きて行くことは出来る」
「あんたねー。勿体ないでしょう! 陰陽師になるまでに、いろいろ、勉強して、出世した苦労が水の泡じゃない」
私が声を荒げると、陰陽師は、「なんと」と急に涙声になった。
「……私の苦労を慮るとは、あなたは、なんと、優しい人だ。やはり、私は、あなたが良い!」
陰陽師は、感極まって、御簾を撥ねのけた。
「ちょっと!」
そのまま、私を無理やり抱きしめる。存外、陰陽師は、身体もがっしりしていて、私が暴れたくらいでは、ビクともしなかった。
「このまま、あなたをさらっていくことにする」
「ちょっ、私の意志!」
「さらわれた……ということになれば、あなたの家来や、家族には累は及ぶまい」
「あなたの家族に累が及ぶわよ!」
怒鳴りつけてやった私だけど、陰陽師に、顎をつかまれてしまった。
陰陽師の、吐息を感じるほど、顔が近い。
ちょっと、まって、絶体絶命じゃない! 私、まだ、接吻なんか、したことないのにっ!
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