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第二章 山科にて『鬼の君』と再会……
14.鬼の君を救え!
しおりを挟む法師陰陽師の唱える、祭文(呪文のようなもの)が響く中、私は、居ても立っても居られずに、外へ飛び出した。
門には誰の姿もなかったので、私はすんなりと外へ出ることが出来た。相変わらず、桜の木のところは人が多くいたようだけど。
少なくとも、都からつかわされてきたという検非違使の姿も、解らなかった。
そとは、夕暮れ―――黄昏時で、血のように真っ赤に染まった西の空に、星が一つ輝いている。
昼と夜が、交代する時間だ。
ただの暗闇よりも、不安な気持ちになるのは何故なのだろう。
懸命に走って、祠のところにたどり着く。
騒ぎを察して、鬼の君と小鬼が逃げてくれていれば良かったのだけど。
「鬼の君、いらっしゃる?」
祠に向かって話しかけると、私のすぐ後ろで、
「そんなところに、隠していたのか」
と、野太い声がした。
ハッとして振り返ると、そこには、真っ赤な装束を着た男が立っていた。手には弓を持っていて、その弓も、真っ赤だ。
検非違使と同道する『火長』という人たちだ。火長は検非違使の配下の人だ。たしか、古い時代では兵士十人で火長が一人というキメごとがあったから、すくなくとも、兵は、二十人以上居るのだろう。
闇に飲まれようとする世界の中で、赤色が、まがまがしく映る。
私は……きっと、邸から付けられていたのだ。そういえば、ここまで、誰にも会わなかったのは不審だった。また、邸を抜け出すと思っているのだったら、普通は、見張りを付けるはず。
だけど、この人達は、私を泳がせたんだ!
「ここに、鬼がいるのだね。さあ、姫は邸へお戻りなさい。みんなが、心配していますよ」
火長は、もじゃもじゃのひげ面で―――如何にも、悪人ヅラという感じなのだけれど。その悪人面に、にこにことして笑顔を浮かべながら近づいてくる。それで、私は怖くなってしまったけれど、もし、ここに、鬼の君がいるのならば、ぜったいに、この検非違使を近づけてはならないのだ。
「あなたは、都から来た、お役人様?」
私は、ゆっくりと問い掛けました。
「ええ、そうですよ。検非違使の……火長をしているのです。さあ、姫さま」
男は私に手を伸ばしてきたから、私は「あのね」と男に語りかけた。
「この祠と……塚があるでしょう。ここは、昔の帝のお墓なのですって。だから、私は、怖ろしいことがあると、ここにお詣りに来るのが常のことだったのです。……お詣りをしないと、鬼が来たら怖いのです」
「ここに鬼が居るのでは?」
火長の男が不審そうに聞くので、私は目を閉じて、ゆっくりと答えました。あたかも、真実であるかのように、嘘を吐くのは、ドキドキする。
「ここは、いにしえの帝のお墓なのですから……鬼のような物が止まることは出来ないでしょう? 私、ここ数日、鬼の夢を見たのですけれど……鬼は、東の山のほうで、私を手招きしていたように思えるのです」
「東の山……」
火長の一人が、目配せした。すると、もう一人は、こくん、と頷いて走り去って行く。
「お役人様。もう一人の方はどちらへ?」
「念のために、東の山を探しに行きますよ。さあ、姫。早いところお詣りを……」
私は、祠の前に跪いて、大声で呼びかけた。
「いにしえの帝……、もし、私の声が聞こえているのでしたら、私と、邸のものと……お役人様を、鬼からお守り下さいませ。鬼は、東の山にて私を食らわんと招いているようなのです。どうぞ、帝のお力で、私をお守り下さいませ」
必死の呼びかけは―――祠の中に聞こえるだろうか。
もし、まだ鬼の君と小鬼が、この中に居るとしたら……。この火長は、私が邸へ連れて帰るから、必ず、東の山以外の逃げ道で、どこかへ落ち延びてね!
そして私は、火長に手を引かれて、邸へ戻っていった。
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