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第二章 山科にて『鬼の君』と再会……

12.小鬼来(きた)る

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 翌朝になって、私の許に、一人の男が訪ねてきた。

 水干すいかんを着た年若い男だったので、どこかの邸の下人のようだ。

 人目を忍ぶようにやってきて、庭のところから私に向かって布きれを振っている。

 私も人払いをしてから布きれを振り回すと、彼は私の許へ駆け寄ってきた。

「あなた、よく、私がこれを持っていると解ったわね」

 私は思わず感心して聞く。

「ご不快かとは思いましたが、お邸の者で、布のことを知るものが居ないかと、それとなく探っておりました」

「それで、私までたどり着いたの?」

「虱潰しに、こちらのお邸の者たちの様子を探りました。もし、布を結んだ方だったら、きっと、そわそわして、あちこちを見ていると思いましたので―――こちらも、主の命が掛かっていることなので」

 私は、確かに、と思った。鬼の君は、このままでは死んでしまうかも知れない。

「鬼の君は―――あなたの主は、裏の祠に居ます。あそこは、昔の帝のお墓だったと言うから、人が来ないの。早く行って差し上げて」

 私の言葉が終わらないうちに、彼は足早に去って行った。

 彼は―――私は、鬼の君の従者だから、小鬼と呼ぶことにしたのだけれど―――あっという間に、小鬼の姿は見えなくなった。鬼の君の命に関わるから、本当に、早く行った方が良いのだわ。

 祈るような気持ちで鬼の君の無事を祈りながら、私は、とりあえず小鬼のことも黙っておくことにして、昼間はいつも通りに過ごした。

 夜になってみんなが寝静まるのを待って、とりあえず、膳所にあった食べ物―――祠の中で米を蒸すのは大変だろうから(もしかしたら、千年くらい経ったら、米は蒸すものじゃなくなっているのかも知れないけど)、山の芋があったので、それを持って行くことにした。

 山の芋は身体に良いというのを聞いたことがあるし。

 それと、また、薬と、干し飯ほしいい

 夜の里は、人気も無くて、遠くで獣の鳴く声もしている。どこからともなく、バサバサと鳥の羽音のようなものが聞こえて来るのも、不気味でならなかったけれど、私は鬼の君に会いに行くのをやめることは出来ない。

 小鬼のことを信用しなかったわけではないのだけど、鬼の君が心配だったのだから仕方がないだろう。

 そうしてたどり着いた祠の中には、人目を避ける為に、灯りも付けずに鬼の君と小鬼が居た。

「また、おいでになったのですね」

 困ったような声をして言う鬼の君の言葉を受けて、小鬼が口を開く。

「姫さまには、大変、感謝しておりますけれど。これ以上何かして頂いたり、邸のものを持ち出すと、お邸の下人達が気付いて、行方を探します……どうか、これ以上は……」

 私は、その考えはなかったので、小鬼の言うことも、もっともだとは思ったけれど、鬼の君が心配だった。

「どうしても、ここへ来てはならないのですか?」

 私は、悲しい気持ちになりながら、小鬼に問い掛ける。

 小鬼は、大きく頷いてから、

「なにが何だろうと、ダメなものはダメです。今は、運良く、姫さまのお邸の方も、誰も気付いていないのでしょうが、いずれ、気がつきます。そうなったとき……主は、命を落とすかも知れないのです。あなたのせいで」

 とキッパリ言い切る。

 私は、なんだか、『私のせいで』なんて言われて口惜しい気分にはなったけれど、小鬼の眼差しは、あまりにも真剣だったので仕方がなく、引き下がることにした。

 だって、鬼の君の命が関わっているなんて聞いたら、仕方がないものね。

 そして、私は邸へ戻るのだけれど、運が悪かった。



「姫さま、こんな夜中に、どこへお出かけだったのですか?」


  ――――私が帰ったのを、邸の下人が、見ていたのだった。



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