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第一章 花の宴の夜は危険!
8.筒井筒 ★挿絵有り★
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「もしかして、鬼ちゃんなの?」
私は、今の今まで、幼なじみから『鬼ちゃん』と呼ばれていたことを、全く存じ上げませんでした。はい。
「ちょっと、陽。あんまりじゃない? いくら私が鬼憑きの姫だからって!」
「だって、僕、鬼ちゃんの幼名なんて、教えて貰ってないもーん」
ぷん、と拗ねて陽はそっぽを向く。なにが『ないもーん』だっ! だからと言って、『鬼ちゃん』はあんまり過ぎる!
「今は、山吹って呼んで頂戴」
「山吹……って、あんまり、縁起が良くない花に思えるけど」
陽は、小首を傾げる。
「なによそれ、また、あんまりな言い方じゃない」
「あ、ゴメンね、鬼ちゃん。だって、山吹って、黄泉っぽさもあるし……『万葉集』あたりにも『花は咲くのに実を付けない』とか、言われている花だから」
「まあ、そうね……」
私は、陽の言う、『万葉集』の和歌を思い出した。
―――花咲きて 実はならねども長き日に 思ほゆるかも山吹の花
花は咲いても、実はなりませんでしたけれど、長い間、待ち望んでいた山吹の花なのです……。
というような意味になる。
「たしかに、実はならない……とかいうと、なんか、引っ掛かるわね」
「でしょう? だったら、もうすこし、華やかなお花の名前を名乗ったら?」
「うーん……でも、この名前、帝が付けて下さったのよね」
軽く言った私の言葉を聞くや、陽は、ざざっと後ずさりして、(闇夜で見えないけれど)真っ青な顔をして、震えているのが解った。
「み、帝……って、本当に、主上が付けて下さったお名前なの?」
「ええ……」と私は、流石に、お忍びなのだろうから、おいでになっているのをバラしたらマズイと思って、「物詣(寺社へ祈願に行くこと)に行ったら、丁度、お忍びでおいでだった主上と、お話しする名誉を賜って、その時に、私に『山吹』と名付けて下さったのよ」
我ながら良いごまかし―――と思ったけど、『祈願』に行ってるのに『実らない』花の名前なんか付けられたら、軽く、帝にイヤガラセされてるって言うことになる。
すみません、帝……。
とりあえず、心の中で手を合わせつつ。
「そういうところで巡り会うだなんて、本当に、鬼ちゃんと帝は奇縁があるのかも知れないね……なんか、凄いけど……鬼ちゃんには、似合わないと思うな、僕は」
「似合わないって、何がよ」
失礼しちゃう、と思ったら、陽が私の手を取った。泥まみれ……のはずだけど、良いかしら。
「鬼ちゃんなのに、帝の後宮で、更衣さまとかになって、それこそ、『桐壺』様なんて呼ばれたりするように成るの? そんなの、鬼ちゃんには、似合わないよ。鬼ちゃんには、もっと、内大臣の息子とか、そういう、もうちょっと、堅実なところの息子がお似合いだって!」
うーん、堅実なところのご令息が、私と結婚するかしらね……と私は、気がついた。
やだ、アンタ。
内大臣の息子って、自分じゃないのっ!
みれば、陽は、真っ赤な顔で、私をじっと、見つめて居る。逃れられないような、熱い眼差し……。手も、ぎゅっと握られて、逃げられない。
「あ……」
「なに、鬼ちゃん」
「蝶々……」
目の前を、ひらひらと蝶が舞う。
美しく大きな羽を羽ばたかせて、闇夜に浮かび上がるように、白い蝶が舞っている。
「そんなの、後にしてよ」
「後? うーん、陽の話は後で聞くわ! あんたも、一緒に、あの蝶捕まえて!」
私は、今の今まで、幼なじみから『鬼ちゃん』と呼ばれていたことを、全く存じ上げませんでした。はい。
「ちょっと、陽。あんまりじゃない? いくら私が鬼憑きの姫だからって!」
「だって、僕、鬼ちゃんの幼名なんて、教えて貰ってないもーん」
ぷん、と拗ねて陽はそっぽを向く。なにが『ないもーん』だっ! だからと言って、『鬼ちゃん』はあんまり過ぎる!
「今は、山吹って呼んで頂戴」
「山吹……って、あんまり、縁起が良くない花に思えるけど」
陽は、小首を傾げる。
「なによそれ、また、あんまりな言い方じゃない」
「あ、ゴメンね、鬼ちゃん。だって、山吹って、黄泉っぽさもあるし……『万葉集』あたりにも『花は咲くのに実を付けない』とか、言われている花だから」
「まあ、そうね……」
私は、陽の言う、『万葉集』の和歌を思い出した。
―――花咲きて 実はならねども長き日に 思ほゆるかも山吹の花
花は咲いても、実はなりませんでしたけれど、長い間、待ち望んでいた山吹の花なのです……。
というような意味になる。
「たしかに、実はならない……とかいうと、なんか、引っ掛かるわね」
「でしょう? だったら、もうすこし、華やかなお花の名前を名乗ったら?」
「うーん……でも、この名前、帝が付けて下さったのよね」
軽く言った私の言葉を聞くや、陽は、ざざっと後ずさりして、(闇夜で見えないけれど)真っ青な顔をして、震えているのが解った。
「み、帝……って、本当に、主上が付けて下さったお名前なの?」
「ええ……」と私は、流石に、お忍びなのだろうから、おいでになっているのをバラしたらマズイと思って、「物詣(寺社へ祈願に行くこと)に行ったら、丁度、お忍びでおいでだった主上と、お話しする名誉を賜って、その時に、私に『山吹』と名付けて下さったのよ」
我ながら良いごまかし―――と思ったけど、『祈願』に行ってるのに『実らない』花の名前なんか付けられたら、軽く、帝にイヤガラセされてるって言うことになる。
すみません、帝……。
とりあえず、心の中で手を合わせつつ。
「そういうところで巡り会うだなんて、本当に、鬼ちゃんと帝は奇縁があるのかも知れないね……なんか、凄いけど……鬼ちゃんには、似合わないと思うな、僕は」
「似合わないって、何がよ」
失礼しちゃう、と思ったら、陽が私の手を取った。泥まみれ……のはずだけど、良いかしら。
「鬼ちゃんなのに、帝の後宮で、更衣さまとかになって、それこそ、『桐壺』様なんて呼ばれたりするように成るの? そんなの、鬼ちゃんには、似合わないよ。鬼ちゃんには、もっと、内大臣の息子とか、そういう、もうちょっと、堅実なところの息子がお似合いだって!」
うーん、堅実なところのご令息が、私と結婚するかしらね……と私は、気がついた。
やだ、アンタ。
内大臣の息子って、自分じゃないのっ!
みれば、陽は、真っ赤な顔で、私をじっと、見つめて居る。逃れられないような、熱い眼差し……。手も、ぎゅっと握られて、逃げられない。
「あ……」
「なに、鬼ちゃん」
「蝶々……」
目の前を、ひらひらと蝶が舞う。
美しく大きな羽を羽ばたかせて、闇夜に浮かび上がるように、白い蝶が舞っている。
「そんなの、後にしてよ」
「後? うーん、陽の話は後で聞くわ! あんたも、一緒に、あの蝶捕まえて!」
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