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第二章 菓子を求めて游帝国へ
天空の雑琉
しおりを挟む天空の国と謳われる雑琉へは、三日の行程を組んだ。
これは、その間に、女帝の動く時間を稼ぐためということもあったし、少しずつ雑琉まで行かないと、堋国と違って、希薄な空気に慣れずに、病のような状態に陥ることがあると言う為だった。
鴻の馬は、まだ、公主府に届いていなかった。おそらく、雑琉の王子の馬と言うことで、丁重に扱われ、ゆっくりと曳いて移動しているのだろうと思われたが、それは良い。
結局、堋国王にも状況の簡単な説明をして、馬、書物、食糧、そして作戦に使う様々なもの……ついでに、堋国の学者が好んで身に纏っている紫色の上衣を託された。これを身に纏っていれば、学者に見える。
兄王も、中々やるな……とは思ったが、よく考えてみれば、『簒奪を止めに行く』という娃琳である。その援助をしなければ、堋国王のほうが、簒奪を企てていると思われるだろう。それは、良くないことだった。だから、一目で『堋国の学者』とわかるような代物を援助したので、援助としては最小限。無駄のない、支援である。
とはいえ、銀の羽や、路銀なども提供してくれたので、かなり、旅は楽なものだった。
そして、堋国最後の町をでてから、山道を歩くこと五刻。休みながらの旅ではあったが、やっと、雑琉の都が見えてきた。
「凄い……千塔の街と言われるだけあるな」
赤、黄、青、緑、白、黒などの色とりどりの屋根の塔が、にょきにょきと立ち並んでいるのが、薄らと見えた。塔は、すべて円蓋状になっている。それだけで、堋国や游帝国とは大分、文化が違うのだと感じさせてくれた。
「美しい街だ!」
娃琳は、飛び上がって喜びたくなった。立ち並ぶ塔の中には、『塔書楼群』と呼ばれる書楼が立っているのだろう。
(世界のすべての書物を集めたという書楼……いつか、行ってみたいな……)
娃琳の憧れを見透かしたように、鴻が言う。
「全部片付いたら『塔書楼群』に案内するよ」
「うん、多分、『塔書楼群』ならば、『盤古禄』くらいあたったと思うんだ」
だから、雑琉で探せばすぐだったかも知れないよ、と娃琳は言うが、鴻は、静かに首を横に振った。
「きっと、巫女は……娃琳と出逢いなさいと、そう言いたかったんだと思う。娃琳じゃなければ……ほかの、美しくて若いだけのお姫様なら、こんなとこまで来て、簒奪を止めさせるなんて怖ろしい計画を考えないよ。
だから、感謝している、娃琳。本当に有り難う」
「……今からが正念場だよ。さあ、行くよ、鴻」
「ああ」
二人は、馬を走らせる。乾いた土の大地が広がっていた。ここにくるあいだ、何度も雲の間を抜けてきた。つまり、堋国から見える雲よりも、遙かに高いところにあるのだろう。そのせいか、雨があまり降らないようだった。
(空が、近い……)
紺青の空が、手が届きそうなほど近くにある。そして、すぐ近くに迫るのは、『禄山』と呼ばれる山で、大陸で一番高い山だと言われている。その通り、万年雪に覆われて、夏でも雪が溶けることはないと聞く。
あちこちに、雪の吹きだまりのようなものが出来ているのも、不思議な光景だった。
なぜか、溶けずにそのまま、雪が残っているという。夏になれば溶ける類いのものらしかったが、堋国では桃が付くかという頃合いなのに、ここは多分、まだ六花が舞う。
鴻のあとを付いて走りながら、娃琳は、ふと、出逢った頃に感じた事を思い出した。
娃琳は、鴻を見て思ったのだった。雑琉から来たこの若者が、馬を走らせたとき。きっと、この黒い髪は、宙を自由に、たなびくのだろう。目が覚めるような蒼穹の中、それはとても美しい光景に違いないと。
実際に、その光景を見ることになるとは思ってもみなかったので、娃琳は、不思議な予感が当たったものだと思いを噛みしめていた。
そして、雑琉の都を最初に見てから一刻ほど、馬を走らせた頃、やっと、首都の城門前に辿り着いた。首都は、城経に囲まれた砦のような形をしている。
(この中に、雑琉の者たち三千人が、閉じ込められているのか……)
表立って、破壊行動などはないようで、雑琉の城壁などは、傷一つついていなかった。
「王子が、帰還した。『真実を告げる菓子』の作り方を、覚えてきたぞ」
門番達は、鴻の言葉を聞いて、顔を見合わせて何かを確認しているようだった。鴻が、何かを見せると、すぐに「おまえはわかったが……後ろの女はなんだ?」と聞く。
娃琳は、ひょっこりと馬から下りて、門番の元へ歩いて行く。
「今度、封禅をおこなうんですよね? ……わたしは、封禅について調べている、学者です。私が居れば、完璧な封禅を行うことが出来るでしょう。なにせ、私は、既に十五年も、封禅について研究しているのですからね。その証拠に……多少の史料を持ってきました。ああ! とても貴重なものですので、なにとぞ、丁寧に扱って下さいよ!」
木簡製の資料を渡す。実は、大書楼の蔵書は、すべて『蔵書印』を付けられる。だが、流石に、木簡は一枚一枚には付けないので、蔵書印を付けていない木簡を作って、閉じ直した史料を作ってある。
大書楼には、時代がかったような古い木材というのも、蔵書修理の為に用意しているので、それをつかった。
「おお……お前、これ、なんて書いてあるか、解るか?」
「解るわけないだろう……ちょっと、報告してこい!」
門番は、目配せして、木簡の内容を理解するものの所まで走るように命じたようだった。
(ということは、ちゃんと、下っ端まで、目的は理解して居るという訳か)
娃琳は、そう判断した。字が読めないような、下っ端の男達。だが、『封禅』を行うという、目的だけは理解して居るようだった。
(意外に、まとまっているのかも知れないな)
元々、族滅された『一族』というのだから、一族同士の結束力もあるのかも知れない。それは厄介だが、ここは、もう、このまま行くしかない。
一刻ほどたっぷり待たされたあとで、一人の男がやってきた。でっぷりと肥った、はげ頭の男だった。
「おお、これは王子! ……菓子をちゃんと探してきたと言うことで、裴緘喬様も、大変お喜びですよ。そして、なんでも、学者を連れ帰ってきたとか」
にこにこと笑いながら、はげ男は、言う。笑っては居るが、目の奥は、冷たい。娃琳の事を警戒しているのだろう。
(ならば。先手必勝だ)
娃琳は、拱手しながら、近づいて行く。
「これは、どうも……お役人様ですか?」
「まあ、役人と言うほどでもないがね」とはげ男は、笑う。
「いえ、ですね。こちらの王子さんがですね、大書楼で『真実を告げる菓子』の作り方を探しているというので、『封禅』研究十五年の私は、ピンと来たんです。ああ、これは、どなたか、尊いかたが選ばれて、封禅を行うのだと!
封禅には、絶対に、『真実を告げる菓子』が必要なんです。それを探しているのが、なんと、天空の雑琉の王子ときたら、これは、素晴らしい方が現れたのだと思いましたよ! それで、是非、私に、封禅のお手伝いをさせて頂きたいのです」
「ふん……お前、目的は何だ?」
はげ男が、声を低くして言う。
「勿論、封禅の儀式を、この目で見せて頂く事です。……その為ならば、私は、持てるすべての知識を総動員して、封禅の儀式のお手伝いを致します。封禅の儀式など、一生に一度立ち会うことが出来るかどうかと言う代物ですからね。本当に、見せて頂きたいのです」
娃琳は、勢いよく五体投地して、はげ男に願った。
「変わった女だな」
「ええ……おかげで、『真実を告げる菓子』には辿り着きましたが、あまりにも、煩いので、同行させました。……多分、この通り、封禅にしか興味がなさそうですので、きっと、お役に立つとは思います」
心底、うんざりした声で、鴻は言う。
はげ男は、「まあ良い、裴緘喬さまが、直々にお決めになるだろう」と言って、二人に街への立ちいりを許可したのだった。
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