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第一章 珍奇で美味なる菓子
鴻の暴いた真実
しおりを挟む姉、朱家党当主夫人、月季の容態は、娃琳が思って居る以上に、悪かった。
いつも、輝くばかりに美しかった姉の面影はない。
げっそりとやせこけて、肌はかさついて、艶やかだった髪も、長年放置した麻糸のように、ごわついた手触りだった。
公主府には、客室用の建屋が五つある。鴻に使って貰っている建屋が、一番格式の高い客人を通すもので、月季に使って貰ったのが、その下の格式の部屋だった。
それでも、紫檀で出来た牀褥に机などは、美しい牡丹の花の彫刻が施されている。優美な意匠は、姉の華やかな容貌に相応しいもののはずであった。
急に客人が来ても対応できるように、いつでも万端に準備している使用人達に、心からの賛辞を贈りたい気持ちで、娃琳は、清潔な牀褥に横たわる姉の姿を見下ろしていた。
皇宮から派遣して貰った医官に、脈を取らせているところだ。
「ああ、大長公主様、本当に、なんとお礼を申し上げて良いのか……」
床に伏して拝礼しようとする彩瑶を、なんとか押しとどめて、娃琳は、医官の言葉を待った。
「気が……大分、弱っておいでです。それに、お体のほうも、大分、あちこちが張っておいでのようで……、気疲れもそうですが、十分、お食事を召し上がることが出来ないでおられるのでは?」
娃琳は、医官の言葉を、体調が悪くて食欲が落ちているのだと、解釈したが、鴻は、そう思わなかったらしい。女性の寝所だから遠慮してくれ……と言えなかったのは、ここまで運ぶのを手伝って貰ったからだ。
公主府は、男手が少ないのである。
「どういうことだ? 鴻」
「婚家で、食事を抜かれているんじゃないか?」
言い辛そうな口調だったが、鴻は、キッパリと、彩瑶に聞いた。彩瑶の顔色が、さっと青ざめる。
「それに……、貴婦人の手じゃない。爪は短いし、指先は荒れてひび割れている。冷たい水仕事をして居るものの手だ。爪の間に、落としきれなかった汚れも見える」
細かい男だな……、と娃琳は、感心を通り越して呆れた。
正直、娃琳は、姉の指先など、全く気にならなかった。
そして、鴻は、言い逃れを許さないような、厳しい眼差しで、彩瑶を見つめて居る。彩瑶は、顔を手で覆って、「申し訳ありません、大長公主様っ!」と泣き始めてしまった。その、指先も、また、爪が短く、荒れていた。
「どういうことだ? 彩瑶」
娃琳が聞く。鴻は、なにか、思い当たる節があるようだったが、娃琳には、さっぱり解らない。
「おそらく、婚家で、苛められているんだろう。下女の真似事でもさせられているに違いない。……ついでに、失敗すれば、食事を抜かれるとか、そういうことだろう」
よくあることだ、と鴻は言う。
「そんなことが、良くあって溜まるか。……だいいち、姉上の嫁ぎ先である朱家は、この国でも、かなりの名家だぞ?」
娃琳が、まさか、と思って言うが、だが、鴻の様子と、彩瑶の反応。異常にやつれた姉のことを思うと、鴻の言うことが真実のような気もしてきた。
「月季さまが、お上げになったのが、女の赤子だったのが……はじまりでした」
ぽつり、と彩瑶は語りはじめる。それは、娃琳にとって、耳を塞ぎたくなるような内容だった。
姉、月季は、当初、朱家でも上手くやっていたという。
だが、この頃から、姑である義母は、ことあるごとに『早く孫を抱かせておくれ』と言っており、それを、月季は窮屈に思って居たらしいが、どこへ言っても、女はそれを言われるのだろうと、深く考えなかった。
実際、懐妊して、子を産んだあとだった。
産まれた子供が女だと知るや、義母は容赦なく月季を打擲して、使用人でも使わないような、元々、鶏小屋として使っていた場所に、月季を閉じ込め、家の仕事をさせるようになった。家中の掃除、汚物の処理に至るまで。食事は、残飯のようなものだけ。月季が嫁入り道具として持ってきた高価な品々は、悉く売られてしまったという。
月季の夫は、止めてくれなかったという。
産まれた子供の行方も解らないという。
「わたくし、月季さまが、不憫で不憫で……せめて、この窮状を、なんとか救って下さらないかと、皇后様のところへご挨拶に伺うことにしたのです」
皇后は、月季にとって同母の兄嫁。なにか、手をさしのべてくれるかも知れないと、藁にも縋る思いだったのだろう。
「そういう事情ならば、朱家とは縁を切らせる。姉上は、この公主府で過ごされた方が良い。それより、まず、身体を労らねばならないだろう」
娃琳は、急にものを食べれば、身体が吃驚すると思ったので、粥を用意した。薄い粥にはして貰ったが、鶏でじっくり出汁を取ったものでたいた物だ。滋味はある。
姉と彩瑶に粥をだして、娃琳と鴻も一緒に食べることにした。
姉には、娃琳の侍女に食べさせるように命じたものの、なかなか、食が進まないらしい。それほど、衰弱しているようだった。彩瑶は、粥を夢中になって平らげたので、娃琳はお替わりを勧めた。
こういうとき、育ちの良い女ならば間違いなく、お替わりは辞すはずだが、彩瑶はお替わりを貰った。
「すみません……見苦しくて……」
ぽろり、と彩瑶の眦から、透明なひとしずくが、ぽつり、と落ちて、服に丸いしみを作った。おかわりをして、恥ずかしいという自覚はあるのだろう。それが、哀れに思えた。
「いや、気にしないでくれ。これは、薄いから、沢山食べないと、腹に溜まらないんだ。私も、鴻も、あと三杯はたべるから、安心しろ」
娃琳は、鴻に目配せすると、「俺は、多分、七杯はいける」と、言いながら粥を掻き込んだ。
「たんと作らせたから、そのくらいは大丈夫だよ」
はは、と娃琳は笑う。何の味もしないので、粥を四杯も食べるのは、娃琳は苦痛だ。喉を、どろっとした、細かな粒の形を残す液体が通り過ぎる感触が、苦手だった。
だが、今は、彩瑶と月季に、なんとしてでも食事をさせなければ……という一心だった。
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