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16. あなたの為に、妾が出来る、妾にしか出来ないことを
しおりを挟む「姿絵と……陛下のお食事に、なにが関係あるの?」
琇華は首を捻る。対する、瑛漣は、真面目な顔をしていた。
「はい。実は……、陛下のお住まいである瓊玖殿では、朝餉は、薄い粥だけでした。それから、昼食は、饅頭がお二つ。夕食も、なんだか似たり寄ったりで……。今年に入ってから、こんな様子だそうで、せめて食事のための金くらい、作り出さなければならないと言うことで、姿絵を売り始めたのだとか」
「なんてことでしょう……」
あまりにも悲しい姿絵の理由だ。
「皇帝陛下と雖も、お腹は空きますものねぇ」
瑛漣の言葉を聞いて、悲しくなる。琇華は、今まで飢えたことはないが、お腹がすいているのは、悲しいことだと思う。
「周おばさんを、呼んで貰えるかしら?」
「なにか、お食事に不備がありましたか?」
慌てて瑛漣が聞くので、「こうなったら、妾の食事をもっと沢山作って貰おうと思うの。妾の為に作ったというのならば、角は立たないのでしょう?」と琇華は聞く。
「それは……まあ、そうですけれど……」
「少なくとも、この掖庭宮と、太極殿の分の朝食と昼食くらいは、なんとかするわ。堋国から、沢山金子を贈って貰ったから、その相談を周おばさんとしたいの」
朝食が食べたくて、抱きたくもない女を抱きに来るなんて、すこし、皇帝が不憫だし―――琇華自身も、悲しいからだ。
「かしこまりました……」
瑛漣が去って行く。琇華は、姿絵を見つめた。まさか、食費の捻出の為に他国にまで姿絵を売るとは思わなかった。
(父さまは、こういうことをご存じだったのかも知れないわね)
皇帝が言うには、琇華の父、堋国王は、耳が早いと言うことだ。なにやら、ほかにも、介入を許したようで、それに腹を立てているようだったが、父王が、わざわざ、琇華を傾き掛けた国に金を掛けるというのも考えにくい。
(或いは、妾を切っ掛けに、游帝国に介入してくるか……)
おそらく、皇帝はそれを懸念して、堋国におおっぴらな援助を頼むことが出来ないのだろうということは、琇華も解る。
なにをやっても、皇帝に疎まれているのは仕方がない。
食事について、琇華が余計な気を回すことも、皇帝は嫌うかも知れない。けれど、なにもしないままでは居られない。
(好きな殿御の為に、何かしたいと思うのは、仕方がないわよね……?)
これについては、きっと、瑛漣が相談に乗ってくれるだろう。琇華の為に涙をこぼしてくれた人だ。その涙だけ、琇華は信じようと思う。
見返りは……期待しない。琇華を毛嫌いしている皇帝の態度が、変わるとは、とても思えなかったからだ。
(けど……そうよ。月に一回で良いわ。一緒にお茶の時間を過ごすようになりたい)
そうしたら、それだけを愉しみにして、やっていく。
すこしだけ、この国で生きて行く、指針が決まったような気がした。
程なくして、瑛漣に連れられて、恐縮しながら周おばさんがやってきた。
白髪交じりのやせぎすの女で、歳の頃は五十ちかいと思われた。油や調味料がはねてしみを作った、簡易な短領(襟の交差が短い服)に、動きやすいようにと短庫子を穿いていた。周おばさんが入ってくると、油っぽい匂いが部屋に満ちる。侍女の何人かは、鼻を摘まんでいるくらい、食べ物の匂いが染みついている。
「あなたが、周おばさんですね? おばさんと慕われている料理人がいると聞いて、お話を伺いたかったの」
琇華は、にこりと微笑む。周おばさんの気分を落ち着けようと思ったのだが、逆効果だった。
「こ、皇后様……あの、あたしには、家に、孫もおりまして……どうか、ご無礼をお許しに……」
床に這いつくばって言うので、琇華は、「あら、あなたを咎める為に呼んだのではないのよ」と、周おばさんの傍らに、膝をついた。瑛漣は「まあ」と驚いていたが、ほかの侍女は顔を顰めていた。身分賤しい周おばさんに膝を突くのは、貴な女人のすることではないということだろうが、琇華は構わなかった。
「ひっ……!」
琇華は、周おばさんの手を取った。周おばさんの手は、ごつごつしていて、骨と皮ばかりにも思えた。その手には、幾つもの切り傷、油で出来たのだろう火傷があった。
「妾は、ここに来てから、様々な料理を出してもらって、とても、嬉しいの。あなたは、堋国に行ったことがあるのですか?」
「えっ? ひえっ?」
周おばさんは、答えにならないようだ。だが、琇華は、辛抱強く、彼女の手を握った。
「妾は、とても、落ち込んでいたのよ。でも、あなたの作ったご飯は、とてもおいしかったの。だから、まずは、お礼を言わせて頂戴。いつも、朝早い内から、夜遅くまで、有り難う。皇帝陛下も、あなたの作る朝餉を愉しみにしているご様子よ」
「こ、皇帝陛下……っ」
卒倒しそうになる周おばさんの身体を瑛漣が支えた。
「そうなの。だから……皇帝陛下に喜んで頂く為に、もっと沢山……料理を作って頂きたいの。出来れば、昼食に持って行くことが出来るほど。……もし、仕込みに人手が要るのならば、妾が、雇い入れるわ」
周おばさんは、目を、ぱちくりと瞬かせた。
「お咎めでは、ないので?」
「逆よ。あなたの料理の腕を買っているの。今、皇帝陛下の殿舎では、お食事を節約していると聞くわ。だから、妾が、代わりに少しでも多くの食事を用意したいの。……皇城で働いている方達にも行き渡れば、と思って……。
物価は高騰しているのかしら? なにか、材料で仕入れた方が良いものがあれば、妾は、堋国の父から取り寄せるわ」
これが、『皇后』の仕事かどうかは、解らない。
ただ、まずは、皇帝の腹を満たしてあげたかった。二十四歳。まだまだ若い皇帝が、饅頭くらいで空腹を凌いでいるのは、気の毒だと思ったからだ。
「皇帝陛下は、妾に施されたと思うのは嫌でしょうから……妾が、沢山の食事を用意させて、一口ずつしか食べない、我が儘な女だと触れて回ってくれて良いわ。そうすれば、腹立たしくても、お召し上がりになるでしょう」
「皇后さま……」
「歓迎されていないのは、解っているから大丈夫です」
とびきりの笑顔を作る。胸は痛んだけれど、それで良い。
(今は、この国の為に……妾が出来ることを、少しずつやった方が良い)
この国の人たちに受け容れられるかどうかは、二の次だ。
(あなたの為に、妾が出来る、妾にしか出来ないことを……やるしかないわ)
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