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71.わたくし、動悸が止まらない
しおりを挟むわたくしは、もやもやとした気持ちになって、香散見さんを睨み付けたい気持ちで一杯になって居ると、不意に、強い視線を感じた。
わたくし、顔を伏せて床を見ているので、とりあえず、視線の方向だけを探ることにした。
五の宮さまや、右大臣の姿も、庭にある。けれど、庭ではない別のところから、視線を感じる……。
どこ?
そう思って居たけれど、探るのは途中で、やめになった。
「それでは、御前を失礼いたします」
香散見さんが、主上の御前を辞す挨拶を申し上げたからだった。これでは、下がらざるを得ない。
わたくしは、仕方が無い、と思いながら、香散見さんが通り過ぎるのを待って、すかさず立ち上がる。
その隙に、視線を探る………。
視線は、わたくしから見て、左手の奥からだった。奥の方の殿舎の階から、その人は、香散見さんを、じっと見ていた。
そして、わたくしは、目が合った。
その人は、香散見さんをじっと見つめて居た。
見つめて……? いいえ、香散見さんを、睨んでいた。
わたくし、その方に、見覚えがありました。
香散見さんの、弟君。
何度か、この二条関白家にも、おいでになったことのある方。(その時、わたくしは、実敦親王と出逢っているのですもの!)
今度、出家する予定の、当今(現在の天皇)の二の宮様。
(ま、さか……)
香散見さんの後ろを歩きながら、わたくしは動悸が止まらなかった。
まさか、まさか、まさか……。
五の宮さまだけではなく……、香散見さん暗殺を企てているのは、実の弟君の、二の宮さまなの……?
(だって、出家なさる方でしょう?)
もしかしたら、それが不服なのかも知れない。そして、正式に得度を受ける前に、香散見さんが、死ねば。
次の東宮は、その弟である、二の宮さまになる可能性が、ぐん、と上がる……。
視線で探ると、まだ、二の宮さまは、香散見さんを―――東宮殿下を、睨み付けていた。
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