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70.わたくし、そういえば、解りませんわ
しおりを挟む香散見さんは……東宮殿下は、『火事の為に御所をお出になった主上のお見舞い』に駆けつける。
わたくしは、仕方がないので、後ろに付いた。
本当だったら、ここは、香散見さんお一人で行った方がサマになるとおもうのだけれど……。
わたくしは、辺りを見回す。
慣れない冠は、頭が重い。(しかも、わたくし、髪をぐるぐる巻きにして固く縛って、冠の中に突っ込んでいる。最低だわ)
「主上! ご無事のようで、安堵致しました」
大急ぎで掛けつけてきた風を装って、香散見さんが御前に侍る。
「東宮か。そなたも、どこぞの寺などに詣でておったと聞いたが」
「はい。……このところ、悪しきことばかり起きますゆえ、いちど、寺に詣でて、清らかな心で、御仏に向かおうかと思いまして」
「ふむ、信心は良いことだ」
「はい。……私も、本日より、この儲け御所に寝泊まり致しますので」
「そなたは、どこぞの寺か、妃の実家にでも居た方が良いのではないか?」
主上が、ごもっともなことを仰せになるのを聞いた私は、なにやら、嫌な予感がした。
「いえ、二条関白家の大姫は、私に嫁いでくることになっておりましたので、そちらに寄せて貰うことにします」
二条関白家の大姫。つまり、わたくしの事よ。
というか、御所再建まで、香散見さんと、同室……って、しかも、女房装束の香散見さんじゃなくって、束帯姿の東宮様って、どういうことよーっ!
わたくしは、叫びだしたい気持ちを抑えて、控えておりました。とりあえず。
「まだ、幼い姫と聞くが」
「幼い女など、この世におりませんよ。主上。……女は、みな、生まれながらに『女』です。こたらの大姫には、私の方が翻弄されてしまう」
ちょっと、わたくしの評判を貶めるようなことを仰せにならないで!
かなり、不本意な気持ちになりながら、わたくしは香散見さんを睨み付ける。
「ほう? ……東宮がそこまで言う姫は、中々珍しい。すこし落ち着いたら、連れてきなさい」
「お言葉ながら」と香散見さんは言う。「私の妃です」
「なにを邪推している。御帳台になど連れ込むはずがなかろう。……まったく、本当に執心しているようだ」
主上のお言葉を聞いて、わたくしは、ちょっとだけ、引っかかりを覚えた。
たしかに、香散見さんったら、わたくしに、執着しすぎるとは思う。セクハラも酷いし、セクハラは酷いし。
口封じだったら、もう少し違う方法があっても良い……はずよね?
香散見さんは、わたくしを、どう思っているの?
じつは、わたくし、そんな初歩的なことを、一度も聞いたことがないことに気がついてしまいました。
だって、そういえば、お和歌のひとつ、頂いたことはなかったのですもの。
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