オネェな東宮に襲われるなんて聞いてないっ！

68.わたくしの、お部屋ですわ

　御所まで行くまでもなく、わたくしの実家、二条関白邸は、仮の御所として整えられることになった。

　中宮さまは、もともと二条関白家の出身だから、ここにいるけれど、ほかの女御さまたちは、全員、実家さとに帰ったらしい。とはいえ、主上がお住まいになるというので、二条関白家は、上を下への大騒ぎだった。

　ただでさえ、仕度が大変なところ、空気を読まずに、見舞いとして出仕してくる。その、数多の公家を追い返すだけでも、疲労困憊するだろうな。

　……ゆえに、わたくしが、部屋に戻っても、誰も気付かない。

　わたくしは、久しぶりに、自分の部屋へ帰ってきたので、ほっと一息吐いてしまった。

「へーえ、趣味の良い部屋じゃない。……ん、良い香り。これ、アンタが調合したの？　この『梅香』は、出来が良いわね」

　香散見かざみさんが、わたくしの香を手に取って薫りを確かめている。

　香……は、丸い丸薬のような形をしている。梅肉だとか、蜂蜜だとか、炭に香料……と様々なモノを混ぜていくと出来上がるのが、この香で、わたくしは、この場合は、水辺に半年ほど埋めて熟成させたモノだった。

「アンタ、ホントに趣味が良いから、アンタだけの薫りを作りなさいよ。そして、アタシは、それに包まれて眠るの。あーん、それ、すっごいステキだわーっ！」

　身もだえている香散見さんは置いておくとして。

「香散見さん、わたくし、今から香散見さんの着替えを持って参りますから」

「はいはい。……ったく、久しぶりだわね、男装束なんて」

「本当は、そちらが普通ですよ」

「……まあ、解ったわよ、じゃあ、アンタ、ちょっと耳を貸しなさい」

　香散見さんは、わたくしの耳許に口唇を寄せて囁く。

（アンタ、あたしの従者ってコトで、男装なさい）

「えーっ？　わたくしに、男装束なんて……」

「大丈夫大丈夫、アタシがちゃんと着せて上げるから」

　香散見さんは、にっかり、笑った。

　そういう、問題じゃないのにーっ！