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65.わたくし、隠密行動中
しおりを挟む東の対。
さて、わたくしは、右大臣から預かった器を手に捧げ持ちながら、しずしずと歩いております。
こういうのは、最近慣れているから良かったわ。
いまごろ、すやすや寝てる香散見さんは良いけど、私は、どうやれば、東宮殿下に危害を加えるひとたちの、証拠のような者を探すことが出来るか……よ。こんな無理難題を、香散見さんは、さらっと言いつけるんだから。
こけならば、いっそ、五の宮さまの文とかを偽造した方が、よほど早いわ。
はあ、と溜息を吐いたとき、わたくしは、(なるほど)と思いました。なにが『なるほど』か、というと。
五の宮さまの文を、偽造すれば良いのだと言うこと。
偽造するならば、書は、おそらく、香散見さんがお得意。ならば、こちらから、墨と紙を拝借すれば良い。
どちらにせよ家捜しはするけれど、『証拠の品を見つける』よりは『紙と墨を盗み出す』ほうが、よほど簡単だわ。……と考えて、私は、溜息を吐く。
わたくし……ほんの数ヶ月前まで、自分が、盗みを働くだなんて、思ってもみませんでしたわ。
これもすべて、香散見さんのことを思うがゆえ……と言い切れれば良いのだけれど、結局、わたくしは、香散見さんから逃れることなんて出来ないのだろうし。
とにかく、今のわたくしは乗せられて盗みをしようというのだ!
盗みをしたら、鼻を削がれるのが普通だから、わたくしも、みつかったら、鼻を削がれてしまうわ。
とにかく、慎重に行動しなければ。
わたくしは、御簾の隙間から、部屋の様子を探っていくことにした。
一つ目の部屋は、御簾が五面も張られた広い部屋だった。何人か、女房が休んでいるようすで、すやすやという安らかな寝息が、重なって聞こえるのが、なんとなく不気味だ。
取り急ぎ二つ目の部屋に向かうが、こちらも似たようなもの。
このままじゃ、朝が明けてしまうわよ。
どうしようかしら、と思っていると、急に東の空が、鮮やかな真っ赤に染まっていくのを見た。
時間が経つのは早いわね……と思って居たけれど、違う。
あたりはまだ暗い。もしも、朝がきたならば、少しずつ、周りも明るくなっていくはず。
「火事だっ!」
遠くで叫び声が聞こえてきた。
「御所で火事があったらしいぞ!」
その叫び声に、部屋から、五の宮さまが、小袖一枚のあられもない格好で部屋から飛び出してきたので、わたくしは、あわてて、手近な部屋の中に入って身を隠す。
「なぜ?」
五の宮さまは、掠れた声で呟いた。
「宮さま、ご無事でございますかっ!」
どってどってと音を立てながら、右大臣が駆け寄ってくる。
「ああ、無事だが、急ぎ出仕するぞ! 右大臣、あなたも仕度しろ!」
五の宮さまは、右大臣に命じて、ご自分も部屋の中へと下がられる。その間際に、一度立ち止まり、燃え行く東の空を見遣った。
「おかしいな……、手はずでは、今日ではなかったはずだが」
首を捻りながら部屋へ戻る五の宮さまの言葉に、わたくしは、ひやり、とした。
今の言葉は。
きっと、あの火事が、五の宮さまの計画だと言うことだ。
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