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59. わたくし、盗みの計画を立てましたわ
しおりを挟む宛がわれた部屋を出ると、早速、警備の男に声を掛けられる。
「お姫様、なにか、ご用でしょうか?」
言われると思って居たから、ここは、答えを決めておきました。
「主共々、急にお世話になりますので……こちらのお邸のご主人様に、お取り次ぎ頂いて、お礼を申し上げたいと思って居たところですのよ」
用意しておいたおかげで、すらすらと嘘を吐くことが出来るようになってしまって……わたくし、これで良いのかしら。
ちらりと香散見さんを見遣ると『大丈夫、良いわよ高紀子!』とニコニコの笑顔でおいでになるもんだから、わたくしは、溜息を吐くほか在りませんわよ。
いまから、東宮殿下暗殺の密書を手に入れるだとか……本当に、心臓に悪い。
わたくしが、並の姫だったら、絶対に倒れてますからね! と本当に、声を大にして訴えたいところですわよ。
「主に……ですか? 主は、今、不在でして」
しどろもどろになって言う。ちょっと、あやしい。
「あら、でしたら、帰っていらしたのですわね。あちらの母屋のほうで、宴席の声が聞こえて参りますわ。珍客というのではありませんけれど、ここで、引っ込んでご挨拶を申し上げませんのも、なにか、妙な感じでしょうから……あちらで、追い返されれば致し方在りませんけれど、姫君が、是非にと仰せですの」
「あ……その、あちらは、重要なお客様でして……」
「姫君は、一晩のお礼の品に………と貴重なものをお目に掛けたいと申しております」
「貴重なもの?」
男は聞き返す。食いついた。わたくしは、にこり、と微笑んだ。
「ええ、わたくしの姫さまは、東宮殿下へ女御として輿入れが決まっている方ですの。東宮殿下からのお文を、お持ちですわ。それをお目に掛けようと……」
もっとも……そんな文なんて、全く存在していないから、今から書いて貰うのですけれどね。
「そ、それは……では、主に聞いて参ります!」
「ええ、どうぞ、よろしくお願いします」
そして、わたくしは、急いで、香散見さんに言いつけた。
「その辺に硯と墨と、筆の一本くらい在りますし、水もありますわ。……紙は懐紙で!」
女房装束を着る際には必ず胸元に懐紙を入れるものだから、わたくしも香散見さんも、ちゃんと懐紙を持っている。
「大丈夫よ、高紀子。……アタシは、ちゃんと、外で何かひらめいたときの為に、持ち歩きできる筆を持ってるの。それで、どんな内容にすれば良いのかしら?」
香散見さんは、にやり、と笑う。
わたくしは、躊躇わなかった。
「決まってますわ! 五の宮さまが、思わず笑い出すような『藤原高紀子姫への恋文』ともう一つですわ!」
「あはは、それは良いわ。アンタ中々ね。コレで、気を引こうって言うのね! それは解ったけど、もう一つ?」
「ええ、もう一つです。それは……」
わたくしは、言を切って、香散見さんに申し上げた。
「香散見さんが、なにか企んでるかも知れない……と匂わせるお和歌」
「なによそれ」
「もし、陰謀の証文のようなものがあるのでしたら、きっと、あからさまに東宮様の手跡をした書を……手に入れたくなるはずです。東宮様が、陰謀の裏に居るのだという証拠になりますもの。だから、一晩手元に借りたいと言うはずです。臨書してしまえば、良いのですもの。
そうしたら、証文を盗み出すのに、忍び込むことも出来ますわ」
ほんとうは、できるかどうか、よく解らないけれど……。五の宮さまのお部屋くらいは、解るわ。
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