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50.わたくし、怒りましてよ
しおりを挟む不意に東宮行啓となった寺の住持は、はっきり言って、迷惑していたと思います。
おもてなしするには、お金も掛かるだろうし、いろいろと急あつらえに新しくしたようで……。
「わざわざ、仕度しなくても良いのにねぇ~」
と香散見さんは仰有るけど、お迎えする方は、そうも行かないのが世の常ですわよ。
二条関白家だって、東宮行啓ともなったら、御寝所の用意から御膳の用意、余興や禄(宴の引き出物みたいなものね。大抵は、反物だったりするわ)なんかも手配しなければならなくて……てんやわんやになるわけですわよ!
訪ねてくるだけの方は、暢気でよろしいでしょうけれど。
どんなに東宮側が『常のような仕度で結構ですので』と行ったって、それを真に受けるものなんか、いやしないのですわよ。
「さあて、と高紀子……アンタ、ほかに望みがあってここに来たでしょ?」
にやっと、香散見さんが笑う。
「アンタの考えることくらい、お見通しなのよ、アタシは!」
なんだか、それはそれで口惜しい。いつだって、わたくしは、香散見さんの手の中で踊らされている状態だと思ったら、本当に、口惜しくなって、なにか、一矢報いてみたくなった。
(けど……なにか、在るかしら……)
ここで、五の宮さまのことを探っていたわけじゃないと言っても、多分、逆効果になるだろうし。
「本当に……わたくしの考えて居ることが、解りますの?」
「当たり前よ。アンタ、……おじさまのことでも探っているんでしょう?」
やっぱり、解っていたみたい。けれど、認めるのもなんだか、しゃくなので、はぐらかしてみましょう。
「おじさま……が、どなたか存じ上げませんけれど、わたくし、香散見さんと、お外を見物できるのが嬉しいのですわ。宮中だと、あまり、お話しも出来ませんでしょ? 香散見さんは日中どこかへ行ってしまいますし、わたくしは、針仕事が忙しいし」」
「まあっ! ……アンタ、そんな可愛いこと考えてたの? んもーっ! 可愛いんだから! じゃあ、東宮は置いて、お散歩に行きましょ? 牛車に乗ってこの界隈を散歩するの。中々、良い考えではなくって?」
香散見さんは、わたくしをぎゅーっと抱きしめながら仰有る。
まあ、良いのですけれどもね!
これで、外に出られることにはなったし、とうの本人の香散見さんがご一緒だけど、香散見さんも……もしかしたら『おじさま』のことを探りたいのかも知れないし。とりあえず、良く理由はわからないから、ここは、行くしかない。
「……香散見さんっ……痛いですっ!」
「うふふふ、今日は、一晩、外で過ごしましょうか。……アタシ達しか知らない一夜……なんて、ステキじゃない? 丁度、なんとかの院とかいう、廃院があるのよね。この辺。ちよっと、埃っぽいかもだけれど……ぞんぶん、いちゃいちゃして過ごせるわよ?」
ちがう、この方、頭の中、なんか、いかがわしいことで一杯だった!
わたくしは、真面目に、東宮殿下暗殺の真相とか、そういうのを探りに来ているというのに、どうして、当の本人様が、こうなのかしら!
わたくしは、本当に、怒りで胸が焼き付きそうだった。
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