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46. わたくしの、敵ですわ
しおりを挟む香散見さんの腕の中……は、居心地が良い。
居心地は良いのだけれど、なんとなく、腑に落ちなくなる。香散見さんは、わたくしに隠し事をしている。そう思うから。
隠し事―――するくらいだったら、わたくしを、妃に迎えなければ良いのに。
わたくしのことなんか、たよりにしていないのなら。
香散見さんの胸は……実は、少し逞しい。わたくしは、ほかの殿方の胸なんて知らないけれど、普段、女房装束を纏っているとは思えないほど、逞しい。
いまは、髪を降ろしているけれど(現代の男性としては、かなり異例なのよ。冠の中を見られるのは嫌がって、寝るときだって、冠を被ったままにお休みになるのだから)、小袖一枚でいるから、男性も女性もない。
「……どうしたのよ、そんなに見つめられたら、恥ずかしいわよ」
香散見さんは、わたくしの脚に、脚を絡めてくる。
なんだか……ちょっと、恥ずかしい感じがする。腰を引き寄せられて、わたくしの額に、瞼に、香散見さんが口づけを落とす。
「くすぐったい……です」
「んふふ、じゃあ、もっとして上げる」
香散見さんは、わたくしの顔中に口づけを落とす。こんなに、甘い態度をとるくせに。
「……香散見さん」
「なに?」
「……昼間の間、なにを、なさってるのですか?」
「アンタが知ったらきっと、怒るようなことかも知れないわね」
香散見さんは、フッと笑う。それから、わたくしの耳許で、囁いた。「アンタみたいな純真な娘から、侮蔑の眼差しで見られると思ったら、ゾッとするわ」
「わたくしに、侮蔑されるようなことを、なさいますの?」
「そーよぉ。アタシの敵って……そう、アタシが死ねば良いって思ってるのって、間違いなく、アタシの親戚だもん。しかも近い親戚よ。だから、アタシの弟たちの命も狙っているのよ。
二の宮は、一応、出家する予定だから、これで大方安全だけど……、三宮と四宮は、まだ、危険だし」
四宮ときいて、わたくしの胸がドキリとはねた。それは、実敦親王のことだ。
「三宮さまと四宮さまも、命を狙われているのですか?」
声が、震えてる。気がついたかしら、この、意外にいろんなことがニブくって、いろんなことに聡いこの方は。
「狙われてるわよ。……意外に、血みどろなのよ、宮中なんて」
香散見さんが、わたくしを、いっそうぎゅっと抱きしめる。身体が、酷く密着する。香散見さんの、身体は、とても熱い。わたくしは、その熱にとろかされてしまいそうで、身をよじる。
「香散見さんは、敵を、どうなさいますの?」
「……やっつけないとならないの」
香散見さんは、笑った。すべてを諦めきったような、嫌な笑みだった。
わたくしは、香散見さんに縋り付く。
「そんな、嫌な表情をなさるなら、思い留まってくださいませ」
「でも、アタシは、死ぬのも、まっぴらなのよ」
「それはそうです。わたくしも、死んで欲しくはありませんわ。けれど……」
「仕方がないのよ。アタシだって、仲の良かったおじさまを手に掛ける日が来るなんて、思わなかった」
香散見さんは―――多分、今の失言に気付いていない。
(仲の良かったおじさま)
それが、香散見さんの―――わたくしの、敵だ。
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