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37.わたくし、作り直しませんわ
しおりを挟む「モノだなんて、アンタ、高紀子、どうしちゃったのよ。……アンタのこと、アタシは何か、酷い扱いをした?」
酷い扱いだったらしたわ。
わたくし、無理やり婚約破棄されたのよ。
将来の見込みのない親王と、東宮だったら、どちらに入内するのを一族は喜ぶと思う?
やり場のない怒りが、こみ上げる。忘れようと思っても、忘れられるはずがない。
「お気になさらずに、すすめて下さいませ。どうせ、そのようになさるのでしょう?」
「ちがうわよ! アタシは、アンタと、入内の装束とか、調度とか……」
「調度でしたら、髪箱から厨子に至るまですべて、用意してありますから、ご心配なく。装束も、そのように」
「それは、実敦親王に入内する為に用意したものでしょう? アタシの為に、ちゃんと用意なさいよ」
「どちらにしても、用意される品物は同じです。二条関白家には、二条関白家で決まった紋様装束がありますからそれを外れて用意することは許されません。同じものを用意するのでしたら、二度も作らされたら、職人が可哀想です。前の品はどうしたのだろうかと、捨てられて踏みにじられたのだとしたら、折角わたくしのために作ってくれた職人達が悲しみますわ」
幽かに――――。
香散見さんの顔に、苛立ちが乗った。
「踏みにじる、ね」
衣を、わたくしのこころと思って下さったのならば、それも結構。どうせ、間違っていない。わたくしは、香散見さんを真っ直ぐと見つめた。香散見さんは、苛立ったような表情で、わたくしを見ている。
一定の―――わたくしに対する配慮や遠慮があるのは、わたくしも、なんとなく感じているけれど、わたくしは、そんなことなんて、どうでも良くなってしまった。
「わたくしは、あの装束で、東宮殿下に入内しますわ」
宣言したわたくしに「作り直しなさいよ」と香散見さんは声を低くして言う。今まで、聞いたことのない、『男の人の』声だった。わたくしは、ぞくっと、背筋が震え上がるのを感じていたけれど……もう、わたくしも、香散見さんも、引くに引けないところまで来てしまったというのを、悟ってしまった。
だから、わたくしは「いやです」としか申し上げられない。
「作り直しなさい、と言っているでしょう」
「嫌です! 絶対に、嫌っ!」
わたくしは、顔を横に振りながら、必死でいった。
「なぜ、嫌なの? ……綺麗な衣を作り直すだけでしょう? 二条関白家の紋じゃなくって、アンタだけの紋を付けてあげる。アタシの作り直した装束で、アンタは、入内するの!」
激した香散見さんの手が、わたくしの両手首を掴む。
「放してっ!」
「煩いわね! ……アンタがモノ扱いを望むんだったら、そうしてあげても良いわよ? ねぇ、高紀子。もう良いわ、面倒だもの。諦めさせてあげるわよ、アンタが考えてること、全部」
香散見さんは、……東宮殿下は、見たこともないような、怒りを顔に浮かべていた。
やめて、とわたくしは声を出そうとしたけれど、声にならない。
恐怖で震えていたのもそうだけど、東宮殿下に、口づけされたからだ。
気がつくと、わたくしは、香散見さんの……東宮殿下の肩越しに、天井を見ていた。背中に、床の感触がする。
歯が合わないほど、震えて、いたけれど、香散見さんは、薄く、笑うだけだった。
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