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36.わたくし、止まりませんわ
しおりを挟むあれから三日。
香散見さんは、順調に回復して、梅壺での仕事も出来るようになった―――とは言っても、殆ど、わたくしがやるのだけれど。
「あー、失敗したわー。……まさか、毒殺とか、セコい手で来るとは思わなかったわよ」
おおきな欠伸をしながら、香散見さんは仰有る。
なんとなく、わたくしは、この間の毒の一件以来、香散見さんの近くに居るのが、辛くなっていた。
香散見さんが、わたくしに、ちょっと触れようとしたりすると、わたくしは、とっさに逃げてしまう。
香散見さんに、見つめられたりすると、胸が騒いで困ってしまう。
けれど、香散見さんは、わたくしのこんな気持ちなど、全く気にもなさならい。態度がおかしいのは、きっと解るはずなのに。だけど、いつもなら、『高紀子~』だったり『高陽~』だったりして、わたくしを後ろから抱きしめたりなさるのも、なさらない。
ただ単に、毒のせいで臥せっていたから、そんなことをする気力も無かったのかも知れないけれど。
……なんとなく、物足りない気分になって仕舞うのは、どうしてだろう。
「高陽~、ちょっとアンタ聞いてるの?」
「えっ? なんでしょう」
「……もー、アンタ、自分の一生のことなんだから、ちゃんと聞いてなさいよっ!」
わたくしの一生のこと……。
「申し訳ありません……私、全く聞いておりませんでしたの……一体、なんでしょうか」
「もう……。あんたの入内の話なのに。月見の宴で、アタシを襲ってくるやつらのしっぽを捕まえられなかったんだから、もう仕方がないわ。こうなったら、一刻も早く、アンタに入内して貰わなきゃならないのよ」
入内―――つまり、結婚ということよね。
一刻も早く、なんて。解っていたのに、なにか、嫌な気持ちなの。
「わたくしの決めることではありませんわ」
わたくしの声は、私自身が驚くほど、冷え冷えとしていた。
「アンタの希望はないの?」
「そんなものあったとしても、どれもこれも、わたくしの決めることではありませんわ。わたくしは―――」
なんだか、苛立ちが止まらなくなってしまった。焦った様子で私を見ている香散見さんの姿に苛立って、私は、続けた。
「わたくしは、殿方から見たら、モノなのでしょう?」
香散見さんは、やっぱり、茫然としていた。
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