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30.わたくし、可哀想な胸回りとか、心外ですわ!
しおりを挟む東宮殿下に火急の用がある……という女房に、わたくしは見覚えはなかった。勿論、ここに来て日の浅いわたくしが、誰かと面識があるはずもない。
「香散見さん、あの女房さんに、見覚えは?」
「んー……無いわね。あの手あいの、色白ぽっちゃり刑美人だったら、アタシの好みだから、一回見てれば間違いなく覚えてると思うけど」
なんとなく、カチンと来た。
どうせ、わたくし、ぽっちゃりじゃ在りませんわよ~。
「高紀子、アンタはアンタで、そりゃあ、まあ、今は貧相な体つきだけど、きっと、そのうち、肉付きも良くなると思うし、今は、なんでしょう……可哀想な胸回りだけど……、アタシが大きくして上げるから」
余計なお世話ですっ!
どうせ、わたくしは、あちこち、女性らしさが足りないですわよ! でも、そんなこと言わなくたって良いじゃないっ!
「……そんなことより、どうします? あの方」
「んー、良いわ。アタシが対応してみるわ」
香散見さんは、御簾の近くまで行って「お待たせいたしました……けれど、火急のご用とは、どんなご用ですの? あなたの主はどなた?」と優しげに問い掛ける。
「か、火急は、火急ですわ……」
「でしたら、あなたの主は?」
「それは、帥の宮さまですわ!」
と、彼女は意気揚々と答えて、ハタ、と口元を手で押さえた。「いいえ、帥の宮さまではありませんのよ。さる、やんごとない方で……」
帥の宮様……と言ったら、太宰府の長官みたいなもので、特に、親王が任国されることが多かったから、太宰の帥で、帥の宮様と仰有る。いまの帥の宮様は、主上(朱鳥帝)の弟(三宮)だから、香散見さんというか、東宮殿下にとってはおじさまにあたるはず。
「おじさまが、東宮殿下の命を狙っているんですか?」
おもわず、わたくし声に出して言ってしまって、香散見さんに、もの凄い形相で睨まれてしまった。
「こ、ころすだなんて……怖ろしい……それに、わたくしは、取り次いで頂きたいと言っただけで」
「まあ、でも、とっても曖昧な用件だったわね。アタシたち、そんな曖昧なお話しじゃ、主の側を離れるわけには行かないの。わかる?」
うふふ、と香散見さんは笑う。女房さんは、「わ、解らないわよ」と応戦してきたので、ちょっと強い。感心する。この方なら、普通に、暗殺くらいしてきそうだわ。
「いやだ、解らないの? ……アタシたち、主のお世話があって、忙しいから、とても、外には出られないわよ?」
「ちょっとくらいよろしいでしょ? ……わたくしが、交代で、そちらに入りますから!」
「あ、つまり、アタシたちをどこかへやって、その間にお留守番を引き受けて、そのまま、東宮殿下の首を狙うというおつもりね?」
香散見さんが、びしっと女房さんを指さして言うと「いーえ」とうんざりしたような口調で、女房さんは言う。
「わたくしが帥の宮さまから預かってきたのは、この恋文。どちらかというと、首じゃなくて狙われてるのは、お尻の方」
えっ? どういうこと?
まるで解らずに目をぱちくりさせていると、香散見さんが「ぎゃー、アンタ、この子になに聞かせてんのよっ!」と騒ぎ立てる。
「どういうことですの?」
「用は、帥の宮様は、奥様も居るけど、男性もオッケーという割と自由な性癖で、それでかねてから恋心を抱いていた東宮殿下に恋文を持ってきたのですけど、流石に、人の噂になったらマズイと言うことで……」
つまり、暗殺じゃない、と。
そういえば、男色を嗜んでる方って、多いみたいだものね。わたくしの父様だって、もし、主上がお許し下さったら、間違いなく主上を抱き寄せていると思う。それっくらい父上ってば、主上に心酔していたのよ。
ともかく、これで、帥の宮様が暗殺を企てている可能性は低いのだけは、露呈した。
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