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15.わたくし、大忙しですわ!
しおりを挟む(だ、だまされましたわ……っ!)
香散見さん―――つまり、本物の東宮殿下は、『大丈夫よ。……アンタにはいつもアタシが付いているんだからね』なんて仰せでしたけれど、まったく、そんなことはありませんでしたわ! ええ。
いいえ、考えてみれば解る事だったのです。貴族の娘として育ったわたくしが、はっきり言ったら、何にも出来ないのに、どうして、東宮殿下が、何かをおできになると考えたのでしょう。
ええ、これは私が愚かでした!
偽物の東宮殿下には、香散見さんと、わたくし高陽(これは出仕名。本名を名乗るのは良くない事なので、出仕するときには、出仕名を付けるのです)の二人だけしかお付きの女房が居ない。
たまに、(みかねて)様子を見に来てくれる親切な女房も居るけれど、それだけだ。
そして、この香散見さんは、女房としてはしっかり落第なので、針仕事は出来ないし、香の仕度も出来ない。食膳を運べばひっくり返すし(下品な話だけれど、清筥(ようは……おまるの事ですわ!)をひっくり返したら、本当に大惨事でした)、とにかく、何をやっても、全く駄目!
というわけで、わたくしが立ち働かなくてはならなくて、目が回りそうでした。
やっと部屋に戻って、日が高い内に、針仕事を終わらせておかなければ……と思って居ると、
「高陽~。紙が切れたわ。持ってきて頂戴」
暢気に仰有るのは、勿論、香散見さん。
「香散見さん! それくらいご自分でおやり下さいませ!」
「えーっ? だってアタシ、見つけられないのよ? こういう紙」
「ありますわよ! ……こちらの棚の、こちらの手箱に入ってございます! 薄様はこちら、鳥の子紙はこちらです!」
わたくしが半日で把握できたのに、香散見さんは、全く、覚えようというご意志が見受けられない。
だったら、こんな、『女房ごっこ』なんておやめになれば良いのに―――と思って居たら、香散見さんが私を見て、にやーっと笑っていた。
「なんですの? 不気味ですわよ?」
わたくしは、針を動かす。今縫っているのは、小袖。つまり、下着だ。これを、大急ぎで仕上げなければならない。なぜならば、既に、偽東宮殿下は、同じ小袖を半月近く着ていると聞いたからだ。あまりにも、不幸だ。
「ねぇ、高陽。殿下の小袖、今晩までに間に合うかしら~?」
「もちろん、間に合いますわよ。……ご安心下さいませ」
「よかったぁ! アタシ、てっきり、アンタは、こういうの全く出来ないかと思ってたわよ!」
出来ないと解っていらっしゃるのだったら、もう少し女房を増やせば宜しいのに!
無言で怒っていた、わたくしの目の前で、香散見さんは、にっこりと微笑んだ。
「アンタ、今、女房を増やせ! とか思ったでしょう」
こういうときは、鋭くていらっしゃるのね!
「……申し訳ないけど、アタシの秘密を知るものは、最小限でなければならないの。でないと、アタシは、命を狙われているんだから」
「あの、香散見さん……命を狙われているって……今まで、なにか、起きたのですか?」
わたくしは、問い掛けて少し、後悔した。
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