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09.わたくし、騙されていませんか?
しおりを挟む東宮殿下は、あのあと、わたくしをすぐに解放して下さった。
「アンタが怖がって逃げられても困るしね~」
という仰せだったけれど、とにかく、東宮殿下に最後まで求められなかったことには、私は安堵した。
けれど、もう、帝からの勅許は出ている。つまり、もう、わたくしは、東宮殿下に入内することが確定して居る。このことを、わたくしは、どうやって実敦親王にお伝えすれば良いのか、解らなかった。
(だって、親王殿下は、わたくしのこの裏切りを、お許しになるはずがないわ……)
いえ、きっと、いっそ、許して下さらなければ良い……と、わたくしは身勝手なことを思う。あれほどまでに、心を寄せて下さった殿方と結ばれることがなかったわたくしは、きっと、前世で悪い行いでもしたのでしょうと、思うことにした。
東宮殿下の思し召しにより、わたくしは、『方角が悪い』との名目で、実家には帰れないと言うことになった。つまり、宮中に宿泊するようにとの仰せ。
そして『女同士』ということで、わたくしは凝花舎の東宮殿下の局に止まることになってしまった。
中宮さまに、それは勘弁して頂きたいと申し上げたのに、こっそりと耳打ちで、
「どうせ、入内するのよ。あまり、深く考えない方が良いわ……わたくしも、主上の御寝所にお仕えしてから、入内が決まったのよ?」
などと、わたくしにはどうでも良いことを教えて下さった。
夜着のしたくもないから、それは、すべて東宮殿下から女物をお借りすることになっている。
「ああ、アンタが来てくれて、助かったわ! ……いままで、隣の殿舎から女房を呼びつけてたのよ。まさかアタシの室を呼び寄せるわけには行かないしね」
東宮殿下は、楽しげに仰せになりながら、長櫃の中を確認して、小袖やら装束やらを引っ張り出す。これは、わたくしのため……のものかしら?
「殿下……こちらの品々は……?」
次々と、長櫃から引っ張り出される衣装。色とりどりで、色の洪水。藤を思わせる深い紫、連翹の黄色。梅の紅に、桃の花の淡い桃色。若草の緑……など、どれも美しい花木の色のようで、まるで、花咲き乱れるという、冥界にでも行ったと思うほどに、美しかった。
「ほら、アンタが来たことだし……アタシたち今から、『東宮付の女房』ってことになるから。だから、女房装束一式必要なのよ。アンタも、宮中で視てたでしょ? 女房達は、みんな、女房装束だったでしょ?」
「東宮殿下……って、あなたのことじゃありませんか」
「そう。東宮殿下は、まだ、病が篤くて、御帳台から、出られないほどだ……ということにしておいて、あとは、アタシ達がお側でお仕えしているような感じね。それならば、バレないわ」
あたりを窺うように言った東宮殿下は、わたくしににこっと笑いかける。
「それはわかりましたけれど……、本当に、二人きりなのですか? 女房に付いていて貰うことも出来ませんの?」
なんの心の準備もしないまま、この方の寝所に引き込まれるのは、とても嫌だわ、とわたくしは思う。
「そうよぉ。だって、アタシたち、同僚同士ただの、女房ってことにしてあるの。……女房に女房が付くなんてヘンでしょう?」
「それは……」
「大丈夫よ。……アタシは約束を守るわよ? だから、安心なさい。初夜まで、アンタには手を出さないわ」
東宮殿下は、キッパリと仰せになった。女房装束を着ているというのに、その東宮殿下は、とても、毅然としていて、男らしいものだった。
「じゃあ、安心してよろしいのですね!」
わたくしは、ホッとした。なんの心の準備もないままに、装束も調度もないままに、枕を交わすなんて、絶対に嫌だったのですもの。わたくしは、多分、安心しきった顔だったのだと思う。そのわたくしの耳を、そっと口唇で挟み込んでから、東宮殿下は仰せになった。
「大丈夫よ。アンタのことば、初夜まで抱かないわ。その代わり……今日から、アタシが一晩中抱いていて上げる」
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