オネェな東宮に襲われるなんて聞いてないっ!

鳩子

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05.わたくし、夢でお会いしたかったですわ

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高紀子たかきこ。良く、宮中へ来て下さったね。ふみでのやりとりはして居たけれど、実際のあなたにお目に掛かることが出来て、本当に嬉しく思います」

 実敦さねあつ親王が、わたくしの手を、御簾の下から、そっとお取りになった。実敦親王の、温かくて大きな指先に触れただけで、わたくしは、眩暈がした。

「わたくしも、お目に掛かることが出来て、本当に嬉しく思っております。だって、……あなたは、夢の中にも出て来て下さらなかったのですもの」

「夢の中?」

 詰ったわたくしの言葉を聞いた実敦親王が、目を丸くした。

「ええ、夢の中です。わたくし、親王さまにお会いしたくて溜まらなかったものですから、夢でお会いできるようにと、衣を返して休みましたのに……夢の中でも会いに来て下さらないのですもの」

 一瞬、実敦親王は押し黙ったけれど、すぐに、小さく「ぷっ」と吹き出してから、わたくしに告げる。

「それは、お許し下さい。……私も、衣を返して休んで居たのですけれど、きっと、どこかで行き違いになってしまったのですね。今度から、夢の中で、お会いする場所を決めておきましょう」

「まあ、親王さまも、衣を返してお休みになって下さったのですか?」

 それならば、ほんとうに嬉しいけれど。

「勿論です。あなたは、自分の夫になる男の言うことを、信じて下さらないのですか?」

「いいえ! 信じますわ。本当に嬉しゅうございます」

「そう? では……どこで、お会いしましょうか。今度、私たちが夢の中で逢うときは」

 実敦親王が、わたくしに問い掛ける。

「二条のお邸に来て頂くのは、ダメかしら?」

 よくよく考えたら、わたくし、あまり外に出歩かないのですもの、待ち合わせの場所も解らない。困ったわ。

「それじゃあ……」

 考えるような素振りで、実敦親王が言う。どこを仰せになるのかしら。私に解る場所だったら良いのだけれど……。

「それでは、空に浮かぶ月……、あそこには、広寒宮こうかんきゅうという宮殿があるそうですよ。そこに、天人たちが住んでいるそうです。そこなどは、如何でしょう? いっそ、夢なのですから、現実ではお会いできないような、素敵な場所でお会いしましょう」

「まあ! ステキ……かぐや姫も、そこにおいでなのかしら」

「ええ、きっと、そこにお住まいのはずです。……羽衣を纏った美しい天女達が大勢いて、いつも、がくの音が止むことなく続いている……そして、可愛らしい、兎たちが跳ね回っているはずですよ」

「まあ、素敵な場所……」

 わたくしと、実敦親王は、(本当はいけないのだけれど、女房を介さずに、話をしているの)そんな他愛もない話をして、二人で、幸せな妄想に浸っていた。

 その時、わたくしは、ふと、おもいだしてしまった。

 あの、紫の表着を着た女房のことを。

 紫の表着を着ていたのは、香散見かざみと言う女房だった。

 歳の頃は、二十五歳は回っていると思う。落ち着いた雰囲気のする、美しい方だった。普通にして居たら、女性にしか見えないはずなのに、何故、わたくしは、あの方を、男の方―――しかも、東宮殿下なんて思ったのかしら……。

「どうか、しましたか? もし、お気分でも悪いようでしたら……」

 実敦親王がわたくしを気遣って下さる。ただの妄想を実敦親王にお教えするわけには行かないので、私は、曖昧に微笑んだ。こんなことを実敦親王に言って、変わった娘だな……と、嫌われてしまったら嫌だもの。

「大丈夫です。……親王さまとお話ししていて、少し、のぼせてしまいましたの」

 ふふ、とわたくしは笑う。

「それならば良いのですが……」と口ごもった実敦親王と、わたくしの会話を割って入るように、

「あら、でも、姫さま……お顔が真っ赤ですわよ」

 と、声が掛けられた。

 わたくしは、びくっと肩が揺れるのを感じた。

「香散見さま……」

「おや、あなたは、最近、母上の所に入った女房ですね。どうかしましたか?」

 実敦親王が、やんわりと問い掛ける。私の手は、捕らえたままだ。御簾の下……きっと、香散見さんには、バレていると思う。恥ずかしい。

「はい、香散見と申します……見れば、姫さまは、大分、体調を崩して折られるようです。……宜しければ、私、つぼね(女房が賜って居る部屋。何人かで使うことが多い)を賜っておりますので、どうぞ、そちらでお休み下さいませ」

 香散見さんは、にこり、と微笑む。その、美しい微笑みを見て、わたくしは、『やはり』と確信した。

 やはり、この方は、東宮殿下だ。

「私は、御簾越しだから解らないのですが……そこの女房は、とても信用できるものです。その女房が、あなたに休むようにと言っているのならば、きっと、休んだ方が良いのでしょう。
 ―――局を持っているというから、是非休ませて頂きなさい」

 実敦親王の思わぬ言葉に、わたくしは、まさか、本当の事が言えるはずもなく、だまり込んでしまった。





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