オネェな東宮に襲われるなんて聞いてないっ!

鳩子

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04.わたくし、気付いてしまいましたわ

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 中宮さまのお側にお仕えする、紫色の表着を着た女房は、私と視線が合うと、檜扇ひおうぎで顔を隠してから、やんわりと笑う。

 物慣れた上品な所作だった。間違いなく、身分の高い家の出身の方だろう。

 どこかでお見かけしたことがあると思ったけれど、思い出せない。

 あまりにもわたくしが不躾に見ていたのか、

「あら、高紀子たかきこ、ぼんやりしてどうしたのかしら?」

 と中宮さまが聞いてくるお声で、ハッと我に返った。それにしても、人前で、わたくしの名前を呼ぶなんて、お珍しいことだわ。普通、わたくしたちは、自分の名前では呼び合うことはなくて、よほど親しい方か、目上の方が格下のものを呼ぶ時などには名前を使うだけで、常には、『麗景殿れいけいでんの方』とか『六条の御方』などという呼び方をする。

 物語なんかでも、身分の有る人は、名前を直接出すことはなくて、もしも、名前が出て来た方がいれば、それは身分が低い証拠だ。

「済みません、中宮さま。そちらの女房さまを、どこかでお見かけしたような気がして……」

「ああ、そうね……この女房は、香散見かざみというの。私の、大の気に入りの女房なので、どこへ行くのにも連れて行くのよ。だから、あなたも、見たことがあるのかも知れないわね」

 中宮そまは、「香散見」と短く呼びかけて、香散見さんに目配せした。すると、香散見さんは、檜扇を口元から外して、優美に一礼をすると、告げる。

「私は、香散見と申します……。中宮さまにお仕えして、日はそう長くはありませんけれど、様々なところへお連れ頂いております。姫さまがお住まいの二条邸にもお伺いしたことがありますし……、どこにでもいる顔でしょうから」

 香散見さんの低く、まろい声が、部屋に優しく響く。

 香散見さんが、大分謙遜しているのは解った。香散見さんは、そこに佇んでいるだけで誰もが目を奪われるような美形だ。間違っても『どこにでもいる顔』などではないのに。

 そう。どこにでもいる顔などではないから……わたくしもどこでお見かけした方か、気になっていたのに……。

 はぐらかされてしまった。

 香散見さんは、にっこりと柔らかな笑顔で、わたくしがそれ以上、追求するのを拒んでいるようだったので、わたくしも、無理に聞き出すことは出来なかった。

「まあ、そうでしたの……」

 一応、納得した振りをした時だった。

「母上様、実敦さねあつでございます!」

 と言う声が聞こえてきた。このお声は、間違いなく、お会いしたかった、実敦親王のお声だ!

 まだ、わたくし、実敦親王にお会いしたいと、文を差し上げたわけでもないのに、どういうことだろう………。

 わたくしは、思わず駆け寄ってしまおうとしたけれど、すんでのところで止めました。

「おや、どうしたのですか? 実敦」

 中宮さまに変わって、香散見さんが問い掛ける。やっぱり、まろくて低い、良いお声だった。

「はい。母上様が、管絃かんげんを催すと知って、訪ねて参りました。母上。是非とも、私も管絃に加えて下さいませ」

 はつらつとしたお声で、実敦親王が告げる。もしかして、実敦親王は、わたくしに会いに来て下さったのではないかしら……と思って居ただけに、肩すかしを食ったような残念なきもちになったけれど……。

 そうよね。そんなに、わたくしの思うがままに、万事が進むわけがないわ。

 わたくしは、御簾を隔てた向こうにいる、実敦親王の姿をじっと見つめた。

 最後にお会いしたのがいつだったか、解らないけれど、その時よりもずっと精悍になったような気がする。そして、整った美しいお顔立ち。胸が怪しくさざめくような心地になる。

 食い入るように、実敦親王を見つめて居たわたくしは、ふと、気付いてしまった。

 実敦親王と、香散見さんが、似ていると言うことに。

 そして、わたくしは、ふと、突拍子もない事を思いついてしまい、「あっ!」と声を上げてしまった。

「高紀子、どうかしましたか?」

 中宮さまが心配して聞いてきたので、私は、急いで取り繕う。

「いいえ……、実敦親王がおいでになったので、嬉しくなってしまって……」

 わたくしの胸は、どきどきと脈打っていた。

 わたくしはもう一度、まじまじと、実敦親王と香散見さんを見比べる。やっぱり、目元も、口元も、よく似ている。

 そう。わたくしの考えたことは……。

 香散見さんは、もしかしたら、東宮殿下が……女の装束を着ているのではないか、ということだった。

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