オネェな東宮に襲われるなんて聞いてないっ!

鳩子

文字の大きさ
上 下
3 / 106

03.わたくし、見覚えがありますわ

しおりを挟む


 楽器の練習は十分にしたので大丈夫。

 参内したら、実敦さねあつ親王と、なんとかお会いできる機会を作って……せめて指先だけにでも、触れてみたいわ。

 そんなことばかり考えて居たら、中宮さまに怒られてしまいそうだから、出来るだけ平静を装って。

 折角お誘い下さった中宮さまに恥をかかせるようなことがあってはならないわ。

「母様……、参内のお土産は、何を持って行きましょうか」

 お招きを頂いたのだから、勿論、手ぶらというわけには行かないので、お土産を持って行く。

 中宮さまは、実敦親王のご母堂様でもあるのだから、できれば、趣味が良いって言って頂きたいわ。だから、お土産は、さりげなくて、重々しくなくて、少し物珍しいようなものだと最高なのだけれど。

「まあ、お土産のことを気に掛けるなんてあなたも、気がつくようになりましたね。やはり、結婚を控えた姫は、しっかりするものだわ。母は、安心しましたよ」

 母様が相好を崩して、手放しに褒めて下さる。

「中宮さまは、装束の色の取り合わせなどを考えるのがお好きな方だから、丁度、素晴らしい反物があるので、それを持って行って差し上げれば良いでしょう」

 わたくしは、中宮さまのお姿を思い出した。確かに、華やかな装束、色とりどりを着こなしていらっしゃって、周りの女房形も皆、花が咲いたように艶やかだった。

「きっと、喜んで下さるわね」

「ええ、喜んで下さるわ」

 母様が、断言するので、きっと、素晴らしい反物なのだと思う。準備は、着々と整っている。私は、参内するのが楽しみで、もう、夜も眠れないほどに胸が高鳴っていたけれど……、衣を返して眠ることにした。

 衣を返すと、愛しい人の夢を見ることが出来ると言われているから。




 結局、衣を返してみても、実敦親王は、わたくしの夢には出て来て下さらなかった。

(残念だわ……)

 だけど、待ちに待った参内の日ですもの。やっと、お会いできるのだと思って、気分が落ち着かない。

 最後にわたくしが実敦親王のお姿を見たのは、いつだったかしら。それを思い出せないほどの昔だったけれど。

 実敦親王と、兄君である東宮殿下が並んでおいでで、東宮殿下は冠に桜の枝を付けていらして、華やかな装いで目を引いていたけれど……。東宮殿下は私や、実敦親王よりも大分、年嵩だし。

 私は、派手派手しく着飾った東宮殿下よりも、ひっそりとしていらした実敦親王のほうに引きつけられた。

 お二人を比べたら、まるで太陽と月のようで。わたくしは、太陽は眩すぎて、苦手だわ。月のしたで、ゆっくりと語らい逢うような方が良い。

 わたくしの住まう二条のやしきから、御所までは、牛車で向かう。今日は、わたくしは、参内するのに女房(侍女)の宇佐うさを連れて、お土産をたんまりと用意した。勿論、非常識にならない程度の量で。

 中宮さまは、気に入って下さるかしら。

 中宮さまの前で、失敗をしてしまわないかしら……。

 わたくしは、そればかりに気を取られていて、御所に入ってから、中宮さまの殿舎である麗景殿れいけいでんへ行くまでの道のりを、良く覚えていなかった。御所に上がるのは初めての事ではないけれど、実敦親王にお会いしたいという、小さな冒険心を秘めての参内は、胸の鼓動が異様に早くなってしまう。

 麗景殿は、中宮さまや女御さまがお住まいになる場所で、広々とした殿舎だった。

 半蔀はじとみは跳ね上げられていて、簀子すのこ高欄こうらんの付いた濡れ縁。廊下にあたる)の内側には、ひさしと呼ばれる間があって、その奥に、やっと御簾が掛かっているお部屋がある。

 普通、客と部屋の主は、廂に女房を置いて、部屋の中に主人がいて、客は、簀子にて対応するのが普通だけれど、中宮さまは、格別にわたくしを親しく思って居て下さるご様子で、廂でもなく、わたくしを部屋の中へと通して下さった。

「まあ、良く来てくれたわ。急に召し出してごめんなさいね? ……管絃を催したいと思ったの。丁度、藤の花が美しい季節だから」

 そう仰せになる中宮さまの御衣装は、唐衣を省いた簡素な姿で、白のひとえに五衣が淡い紅梅、紅梅、白、淡い青(緑)、緑と重ねた『菖蒲』のかさねで、その上に、鮮やかな黄色の表着うわぎを併せた華やかな姿だった。

 中宮さまは御年四十四歳。

 十五歳で入宮してそのまま寵を得て、あっという間に中宮に登ったという希有な方だ。勿論、実家である二条関白家の後ろ立てというのは凄かったのだろうけれど。
  
 にこりと微笑んでわたくしを迎えて下さるその可愛らしい美貌は、入宮したばかりの乙女のように輝いている。

「お招き下さいまして本当に嬉しいです」

「そう言ってくれるのならば良かったわ」

 中宮さまが相好を崩した時、わたくしは、一人の女房に釘付けになった。

 四十四歳の中宮さまのお側仕えにしては、少し若い女房で、おそらく、三十手前くらい。中宮さまに似た雰囲気の女房だけれど、どことなく、中宮さまよりも、冷たい感じがする。

 紫色の表着の、その女房に、わたくしはなんとなく、見覚えがあった。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...