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01.わたくし、人生最大の危機
しおりを挟む十二単を身に纏った女性たちが、わらわらと宮中や貴族のお邸に仕える今日この頃。
多分、わたくしは、人生最大の危機(しかも貞操の!)に襲われているのでしょう。
「と、東宮殿下……おやめ下さいませ……」
ようやく出せた声が上擦っている。
東宮殿下―――は、わたくしと同じような、女房装束(十二単)を身に纏ったままの、ようは、この東宮殿下にとっては常の御衣装のままで、わたくしに覆い被さっていらっしゃる。
わたくしは、床に寝転がって、手首を東宮殿下に縫い止められたまま。
「なぜ?」
東宮殿下は、心底不思議そうなお顔をして、わたくしにお尋ねになった。
「なぜって……わたくし、実敦親王と、結ばれる……予定ですのよ……その兄君が、こんなことをなさってはなりませんわ」
そう。
わたくしは、この東宮殿下の弟君に当たる実敦親王の婚約者。
ですから、兄君である東宮殿下と、深い仲になるわけには……っ!
「あっ!」
東宮殿下が、わたくしの耳に口づける。やわらかな唇の感触を耳朶に感じたと思ったら、そこを、東宮殿下が口唇で撫でているようだった。熱くて柔らかな吐息も感じて、頭がおかしくなりそうだった。
「お、おやめ下さい………殿下っ……っ」
わたくしの声は、恥ずかしいことに涙声になって居て、みっともない。
「ヤダ、泣かないでよ……。ほら、何にも怖い事なんてないんだから……実敦のことだって、いろいろあって、父上から勅命が出てるから大丈夫よ?」
東宮殿下は、口を開かなければ女性にしか見えない。その美しいお顔で、にこりと微笑んで、わたくしの頬に唇を寄せて涙を拭った。
勅命、なんて酷い。
帝(のち諡されて朱鳥帝)からの命令ならば、『手続き上』は問題ないでしょう。けれど、わたくしと、実敦親王の気持ちはどうなるの?
実敦親王は、わたくしに心を砕いて下さって、折々―――美しい桜が咲いたとか、藤の花が見事だったとか、名月の夜だとか、そういうときにはいつも、お和歌を贈って下さって。そうやって、心を通わせてきたのに。
わたくしは、本当なら一月後には実敦親王と結ばれる予定だったのに。
「いつまでも泣いて居ないで、……アタシは、こう見えてもアンタのこと、結構好きなのよ? ……だから、大人しく、アタシの物になりなさいよ」
宥めるように東宮殿下の手が、わたくしの身体を撫でる。
「お願いですから……わたくし、……殿下に入内したわけでも、ありませんし……こんな、日の高い内に……」
東宮が賜っている、凝花舎(梅壺)の部屋の中だ。平素、こちらにはあまり人はいないが、御簾の向こうには人の気配があるし、陽の光が差し込んでいて、殿舎の中は明るい。
「殿下……」
「アタシってねぇ」
東宮殿下は、歌うようにわたくしに言う。「こんな女装してるけど、割合、慎重な性質なのよ。……だから、保証が欲しいわ」
「保証……?」
「そう。アンタが、アタシを裏切らないって言う保証。ついでに、アンタの実家が、味方に付いてくれたら最高だけどね」
東宮殿下の長い髪が、わたくしの頬に掛かる。
「それは、保証いたしますわ! ……わたくし、こう見えても、一度も嘘を吐いた事なんてありませんもの!」実家の味方についても、お父様に頼んでみます。ですから……」
「そう? なら良かったけど……」
東宮殿下の手が、わたくしの長袴の横から、するりと忍び込んで脚に触れた。女性の姿をして居ても、男の方の手だから、大きくて、熱くて……わたくしの身体はぴくっとふるえてしまう。
「きゃっ! ほ、本当に……これ以上はっ!」
身をよじろうとしても、東宮殿下の身体を押し返すことは出来なくて、わたくしは、怖くなってもう、震えているしか出来なくなった。
「そんなに恥ずかしがらないでよ。明るいところでするのが、そんなに怖いの?
ねぇ、知ってる? 高紀子………初夜の寝所は、明かりを灯しておくのよ? だから、予行練習とでも思えば良いわ」
東宮殿下は、私にゆっくりと覆い被さって口づけをしてくる。
優しい口づけを受けながら、もう、わたくしは本当に、伯母上のお召しで参内したことを、心の底から後悔していた。
こんなことになるのなら、重い物忌みだとか言って、邸に居れば良かった……。
そう。そもそも、三日前の事だ……。
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