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106.わたくし、ドキドキの婚礼ですわ・・
しおりを挟む日も傾いて、そろそろと御所にも夜が訪れる。
まあ、当たり前のことなのですけれども、わたくしとしては、待ち侘びた夜だったと言うべきか……とにかく、特別な夜には変わりがありません。だって、わたくし、今日、香散見さんに………もといっ! 東宮殿下に入内するのですもの。
香散見さんは、あの通りの方だし……まさか、わたくしも、女房装束を纏った方と結ばれるなんて、つゆほどにも思っていませんでしたけれども、それでも、わたくし、香散見さんを好きになったしまったのですから、絶対に、わたくしの方が、立場が弱い。
もとから、香散見さんを相手にしたら、誰だって適う方はおいでにならないのでしょうけれども!
ともかく、わたくしは、父様の直廬にて仕度を調えて、そこから、香散見さんの待ち梅壺へと向かうのでした。
香散見さんには、すでに何人もの方がお側で仕えているけれど、家格的には、わたくしが一番上だと思う。けれど、香散見さんは、わたくしを、中宮にはしないと思し召しておられるはずだから―――わたくしは、きっと、香散見さんの正室にはなることが出来ないのだと思う。
これは、わたくしの実家―――二条藤原家が、あまりにも立て続けに中宮を冊立しているのが悪いのであって、香散見さんは、最初にわたくしにそれを言って下さったのだから、そう言う意味では、誠実なのだと思う。(乙女心はボロボロですけれども!)
わたくしは、身分の高い家の、高貴な娘として―――身を弁えた行動を取らなければならない。
間違って、嫉妬に狂って、他の女性達を苛めたり、父様にお願いして、他の女性の実家を、困らせてはならない。
香散見さんは、多分、そういうことを、わたくしに望んで居るのだと思う。
あの方は、わたくしに愛情を向けて下さって居るけれど、それを恃みにするのは、あまりにも、心細い。わたくしよりも、愛する人が出来たら、きっと、わたくしの元には、通って下さらない。それは、世の中の、多くの女たちの抱える、悲しみと同じだ。
わたくしは、梅壺へ行く間に、相当の覚悟を決めた。
わたくしは、わたくしであるために、見苦しい真似だけは、しない。それが、わたくしに出来ること。誇りを持って、二条藤原家の姫として生きようと思う。
そろそろ、梅壺に近付いてきたと思った頃合いだった。
「ちょっ!! なによっ!! 放しなさいってばっ!!!」
香散見さんの声が聞こえてきた。思わず、廊下から身を乗り出して、声を探ると、わたくしとおそろいの婚礼用の装束を身に纏った香散見さんが、大柄の女房に抱えられて、輿に押し込められるところだった。
「香散見さんっ!?」
思わず、わたくしが叫ぶ。
香散見さんが、一瞬、わたくしに気が付いて、視線が絡んだ。けれど、それは本当に一瞬で、すぐに輿は、梅壺を離れて、どこかへ全速力で走り去ってしまったのだった。
「あれは……一体……」
わたくしに仕えていた女房が、唖然とした声で、呟くのを聞きました。今のは、確かに、見間違いじゃなかったようです。
「……お兄様を呼んでっ!! 今すぐよ。大変だわ、東宮殿下が、拉致たのよっ!!!」
わたくしは、すごく、嫌な予感がしました。
婚礼の夜。
殿舎に、この、婚礼用の装束を……八枚襲の五衣を着ているのは、本来は、わたくしだけのはず。
(もしかして……、香散見さんは、わたくしと間違えて、さらわれたのでは……?)
だとすると、わたくしには、ちょっとだけ、心当たりがありました。その、犯人に。
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